オグラ金属は “金属加工のショッピングモール” を称するほどの、部品加工の幅広さと、対応力の高さが強みだ。鉄やアルミ、ステンレスなどの各種金属を、量・品種を問わず加工し、設計から試作・量産加工・表面処理・組立てまで一貫生産対応できる。同社の設備と高度な技術を持つ従業員にかかれば、構想を簡単に記したイラストからでも製品を具現化することが可能だ。「金属加工でできないものはない」を合い言葉に、多様なジャンルの製造業が集う栃木県、両毛地域のモノづくりを支えている。

工場や製品に光る「遊び心」

栃木県南部に位置し、戦前に「織物の町」として栄えた足利市。オグラ金属は1922年に繊維業としてこの地で創業し、戦中から戦後にかけて鉄工業・プレス業へと転換した。広さ約3万平方メートルの工場内には、最大600トンのプレス機を中心に、各種金属加工機と多種多様な溶接機、ロボットに加え、工作機械など多くの設備が立ち並ぶ。

この本社工場は、1993年に足利市内の複数拠点を集約した経緯から、さまざまなジャンルのお客様の加工製品を同一拠点で行う「ショッピングモール」が形成された。現在の顧客は、自動車、アミューズ、環境機器、鉄道車両の4分野が中心という。タイ拠点で自動車部品を量産し、プレス金型を製造する中国提携企業と技術面で関係を深めるなど海外拠点も活用している。

また2013年には1950キロワットの太陽光発電装置を工場屋根と駐車場に設置。自家発電したものを売却している。

工場は、足利流5S(整理・清掃・整頓・清潔・しつけ)活動の「発信拠点」というもう一つの顔があり、5S改善において、目を引く「遊び心」を取り入れている。例えば、ストライカー検査エリア、清掃用具置き場をそれぞれ「フルーツマルシェ」「ラーメン館」などと名付け、作業内容や納品先をエリアにちなんだイラストや装飾品を使って作業スペースに表示した。楽しくアナログな方法で視覚に訴え、改善を行う効果などがあるという。

こうした活動は「5Sテーマパーク」として公開し、5S関連で国内外から6000人以上が工場見学に訪れた。同社が取り入れた「足利流5S」は、経営陣は口出しせず、現場の自主性を重んじることが基本で、レイアウトも全て従業員の発案という。「楽しく取り組むことと見学者の目で継続的な現場改善につながっている」(小倉勝興社長)と効果はてきめんだ。

金属加工で培った技術を軸に他分野への事業展開や、新しい技術の活用にも積極的で、崩壊した家屋やガレキの中を探索する「探査ロボット」の開発はその代表だ。ロボは無限軌道で遠隔操作が可能で、全方位を見渡せるカメラを内蔵。悪路に強く、傾斜角が約41度の急斜面でも走行できる特徴から、農業分野での実用化に向け、大学などと実証試験を行っている。

さらに、関連会社(オーエムシー)では、LEDの研究や製品化なども手がける。最近では、光と色で「癒やし」をもたらすLED照明「LIVRU(ライブラ)」を発売した。クラウドファンディングで資金調達し、カラーセラピーやヨガなどオンライン講座との連動を計画している。

ロボット・AI研究所 TECH LAB

設備増強で加工能力を倍増

一昨年、小倉社長が「もう終わりだ」と思うほどの出来事に遭遇する。2019年、台風19号による大雨で、本社がある工業団地全域が水没したのだ。台風で県内は河川の堤防決壊が相次ぎ、各地で水害が発生。「敷地が沼と化している様子をニュースで見つけ、慌てて現場に駆けつけた」と小倉社長は当時を振り返る。

幸いにも工場敷地をかさ上げしていたため、本社工場の内部は十数センチメートルの浸水で済んだが、敷地は腰高ほどまで水没した。被害はプレス機の地下ピットに泥水が流れ込んだほか、故障した機械が多数あり操業停止を余儀なくされた。

13日夜間からの復旧作業では、泥水のかき出しから、設備洗浄、加えて通常の出荷作業など、約400人の従業員が総出して昼夜交代で作業にあたり、17日朝の稼働再開にこぎつけた。小倉社長は「再稼働した工場で機械の音を聞いたときは涙がでた」と語る。自社の生産技術部メンバーで、機械・電気関連設備の修理を行えたことも早期復旧につながり、ノウハウが現場に受け継がれていたことを再認識した。

将来展望を語る小倉勝興社長

被災から1年となる20年秋、復興を兼ねて新規設備導入に着手。アマダ製のファイバーレーザー溶接機と、パンチ・レーザー複合機が稼働した。溶接機はロボットによる自動化を実現し、アルミニウムや銅など鉄以外の素材にも対応する。多品種少量生産の加工能力を従来比約2倍に高めるほか、溶接歪みのない高精度の加工にも対応可能となった。そして21年から22年にかけてアイダ製500トンサーボプレス2台と、800トンのトランスファープレスの導入を決定する。

増強が進むプレスライン

一連の新規設備導入で台風からの復興に区切りをつけるとともに、製品の高機能化が進み、部品の精度要求がさらに厳しくなることを見据え、顧客の要求に先回りで応える。22年には節目の創業100周年を迎える。「社会から必要とされ、200年続く企業にしたい。そのためにゴーイング・コンサーン(事業継続性)を正面から社員と議論し、実践に移す」(小倉社長)。その視線は未来を見据えている。