東芝はまたしてもトップ人事に失敗した。2018年に招聘(しょうへい)した三井住友銀行出身の車谷暢昭社長が14日付で辞任。綱川智会長が再び社長に就任した。この10年間は元会長・社長のいざこざが表面化するなど、内紛が“お家芸”と言われ、15年の経営危機につながる不正会計の一因にもなった。落ちた企業イメージ回復のためのプロ経営者招聘だったが、英国投資会社からの買収提案でみそがついた。これで経営危機前に逆戻りし、名門企業の迷走が再び始まる。

「車谷社長に対して部下が自由に意見を言える雰囲気ではなかった。上意下達が強くなりすぎた」。経済産業省関係者は最近の東芝社内をそう分析していた。21年に幹部を対象として行った社内調査で、車谷社長への「不信任」の回答が過半を占めたのも空気悪化の表れだった。

創業146年の名門企業のただならぬ空気を感じ取った取締役会議長・指名委員会委員長の永山治氏が中心となって車谷社長の解任を検討し始めた。ただ、14日開催の臨時取締役会における自身の解任案提出の動きを察知した車谷社長が、いち早く辞任を申し出たのが今回の経緯だったようだ。

もともと、車谷社長が18年4月に東芝の会長兼最高経営責任者(CEO)に就任したいきさつも不透明だ。当時招聘を主導したのが経産省の嶋田隆事務次官だったとみられる。車谷社長は三井住友銀時代に、11年の東日本大震災で危機に陥った東京電力の再建に奔走した。嶋田次官も政府側で東電再建を担当。「嶋田さんはその時の車谷さんの働きぶりに恩義を感じ、東芝に推薦した」(ファンド関係者)とうわさされる。

一方で、「車谷社長だけのせいではない。会社全体の問題だ」(東芝関係者)との声も聞かれる。だからこそ、政府など周辺からは東芝の非公開化を引き続き推す動きがある。アクティビスト(物言う株主)との神経戦にわずらわされるよりも、非公開化で社内の構造改革や意識変革に短期集中して、名門の完全復活を目指す方が得策かもしれない。

 “車谷改革”の全てが間違いだったわけではない。20年3月期の連結営業利益はコロナ禍でも1304億円と近年最高の数字を残した。業績目標の未達が常態化していた東芝にとって、有言実行は珍しかった。事業ポートフォリオ改革や、多すぎるグループ会社の整理を断行し、売上高は経営危機前の半分に減ったが、収益性を高めたことで名門復活に近づけた功績は否定できないだろう。

ただ、車谷社長はアクティビストとの対立激化により21年定時株主総会での再任が危ぶまれる中で、自身の古巣であるCVCキャピタル・パートナーズから買収提案を6日に受けた。東芝の社外取締役でCVC日本法人の最高顧問も務める藤森義明氏を巻き込み、車谷社長の“保身”ととられても仕方のない構図が生まれた。

車谷改革の3年間は東芝を“普通の会社”に回復させたが、功罪相半ばするプロ経営者の最後は残念な退場となってしまった。

後継者選びは?「誰も手を挙げる人がいない」

東芝の次期トップの人選は混迷を極める。車谷社長の退任を受けて、綱川智会長が14日付で社長に再登板した。ただ、今回はあくまで暫定的な措置であり、社外を中心に早期の後継者選びが求められる。

「車谷さんの後任に産業界で誰も手を挙げる人がいない」と経産省関係者は嘆く。現時点で海外投資家が株主の大半を占め、アクティビストが全体の約3割に達するとみられる。常に圧力を感じながらの経営の難易度は、他の日本企業と比べて圧倒的に高いのは確かだ。

加えて、原子力や半導体事業などを抱える事業ポートフォリオの運営も容易ではない。国のエネルギー政策や防衛政策のほか、最近の経済安全保障問題にも関わるため、ステークホルダーは単なる民間企業よりも多岐にわたる。

人選は社外中心だが、社内では豊原正恭副社長や畠沢守専務、今野貴之専務らの名が取り沙汰される。ただ、今後東芝の株式非公開化が実現すれば、次期トップの人選についての見通しも大きく変わりそうだ。