信州大学先鋭材料研究所データ駆動型AIラボの古山通久教授・ラボ長は、ディープラーニング(深層学習)技術を用いた原子シミュレーション「Matlantis」を活用する。古山教授は計算科学の研究者だ。自身が数カ月かけて解いた計算結果と同じ結果が深層学習により一瞬で求まるなど、研究の進め方が大きく変わる局面にある。この深層学習技術はプリファード・ネットワークス(PFN、東京都千代田区)などが開発した。

【演えき的に計算】

「3カ月かけた計算結果が一瞬で求まる。これは衝撃だった」と古山教授は振り返る。これまで量子力学に基づく第一原理計算を駆使して、金属ナノ粒子(ナノは10億分の1)と触媒活性について研究してきた。ナノスケールでの原子や分子の挙動を、モデルを立て演えき的に計算する。

対して深層学習は大量のデータから帰納的に求める。あくまでもデータが存在する範囲内の推定になる。ここで多くの研究者が“品質のそろった大量の材料データがない”という問題にぶつかる。

過去の論文を照会しても一つの材料系で数百程度のデータが集まればいい方だ。しかも論文データには成功例しか載っていない。成功と失敗を含めて体系的な学習データが必要だった。そのため開発できたとしても特定の材料系や反応に特化した学習済みモデルになるとされてきた。

【汎用性を追究】

対してPFNは汎用性を追究した。そこで量子力学に基づく密度汎(はん)関数法(DFT)で大量の計算データを集めた。高本聡リサーチャーは「結晶や表面構造、分子の変形などのさまざまな条件を計算してデータを学習させた」と振り返る。

【知見を融合】

従来のデータベースは結晶構造など静的なデータが多い。だが触媒反応などで求めたいのは物質が不安定な状態の挙動だ。そこで分子動力学計算を用いて高温で乱れた構造を作成してDFT計算をしている。

深層学習でシミュレーションした結果をみて、次にDFTでデータを集める領域を調整するというフィードバックループを回す。深層学習とDFT、物質材料科学の知見を融合させた。

共同開発したENEOSの藤山優一郎執行役員は「何人もの研究者に、そんなものは不可能と言われた。だが汎用性に自信がある」と胸を張る。特定の反応や物質系に特化しない汎用シミュレーターとして提供する。

材料研究者は、まずは総当たりで物性などを予測し、そこから計算や実験を始めるという研究スタイルが可能になる。古山教授は「膨大な材料空間を探索しやすくなる。研究の仕方が変わる」と展望する。(小寺貴之)