今を去ること61年前の1960年10月10日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空技術部門の前身である航空技術研究所(現在の調布航空宇宙センター)で遷音速風洞の通風式が行われた。その後、超音速風洞、低速風洞、極超音速風洞が次々と整備され、離着陸から巡航、超音速、宇宙往還といった広範囲の飛行条件をカバーする大型風洞群が完成した。

以降、これらの風洞は国内で開発された航空機や大型ロケットのほぼすべてに設計用の空力データを提供してきた。還暦を超えた遷音速風洞や超音速風洞をはじめとする風洞群はいまだ現役で、日本における航空宇宙の研究開発に不可欠な存在である。

風洞とは、空気の流れを人工的に作り、空気中を運動する物体の周りの流れを模擬する試験設備である。風洞は鉄道や自動車などの分野でも使用されるが、空気中を高速で飛行する航空機は空気力学的な特性が性能に直結することから、風洞がより重要な役割を担う。

近年、スーパーコンピューターが発達し、航空機の設計もCFD(数値流体力学)が主力になったが、風洞の役割のすべてを代用することは難しく、今後も風洞は使用され続けると考えられる。

それでは今後の研究開発で風洞に求められるものは何か。一つは、CFDではまだ十分に模擬ができない複雑な現象の観察である。これには、今まで測ることができなかった物理量を測る技術が必要となる。飛行中に機体表面に生じる表面摩擦力がその一例だ。

またPSP(感圧塗料)やPIV(粒子画像流速計)のような先端的な計測技術も必要である。JAXAではこれらの技術を風洞群で実用化することで、風洞の意義、価値を高めている。

もう一つ、CFDの解析結果の妥当性を保証するための検証データの提供も風洞の重要な役割である。近年CFDはより大規模かつ複雑な解析が可能となってきており、風洞にはそれらの解析に対応する高度な検証データが求められる。JAXAは標準模型による試験を計画的に実施し、CFD検証用の風洞試験データベースの構築を進めている。地味な活動であるが、先端的な技術を支える重要な活動である。

風洞で忘れてはならないことがある。それは、CFDと違い物理現象を再現していることだ。風洞試験で現象に直に接することで、流れ場を理解する力や本質となる現象を見つけ出す力が養われる。大学では風洞が廃れ、CFDのみで研究をする学生が増えていると聞くが、是非とも風洞試験を行い、科学者・技術者としてのセンスを磨いて欲しいと思う。

風洞試験こそが空力技術の基盤なのである。

◇航空技術部門 空力技術研究ユニット長 浜本滋
 サッカーボールの軌道などの身近な現象から流体力学に興味を持ち、大学で空気力学を学んで以来、空力技術研究に長年従事してきた。風洞群の老朽化対策に奔走しながらも、風洞技術の新境地を目指したい。