インターネット上に設けたバーチャルな仕事空間「仮想オフィス」を導入する企業がじわり増えている。テレワーク環境下の“職場”として同僚同士の雑談を促したり、企業への帰属意識を醸成したりできるツールとして利用が広がる。仮想オフィスの導入により、リアルオフィスの規模縮小を検討する企業も出てきた。仮想空間「メタバース」のオフィスがリアルのオフィス市場を席巻する日はくるか。(取材・葭本隆太)

社員約1000人が出社

若手社員が操作するアバターが上司のアバターに近づいて声をかけ、仕事の進め方を相談する。エン・ジャパンが設けた仮想オフィスの日常だ。ここには、全社員の過半数にあたる1000人程度が毎日アクセスする。多くの社員にとって同僚と共に働く空間として定着している。

エン・ジャパンは2020年11月頃にoVice(石川県七尾市)製の仮想オフィス「oVice(オヴィス)」を全社導入した。コロナ禍で全社一斉にテレワークを始めたところ、社員同士の雑談がなくなり「孤独を感じる」という声が噴出したからだ。特に新入社員の育成やエンゲージメントの維持に苦慮した。そうした課題を解消しようと一つの部署が同8月に独自でオヴィスの利用を始めた。その結果、同僚や上司に話しかけやすいといった評価が社内に広がり、全社導入に至った。

エン・ジャパン内部監査室経営推進チームの今村明則さん

オヴィスは2次元の仮想空間に社員が“出社”し、アバターを介して音声通話したり、「拍手」などのリアクションをしたりできる。エン・ジャパン内部監査室経営推進チームの今村明則さんは「オンライン会議ツールに比べて(オヴィスは)即時に話しかけられる。同僚と一緒に働いている感覚も得られる」と効果を説明する。

25年度に180億円市場

オヴィス導入企業は、22年3月末時点で約2000社に上る。oViceのジョン・セーヒョン最高経営責任者(CEO)は「導入企業の伸びは、2度目の緊急事態宣言が発令された22年初めころから加速した。テレワークの常態化で表出した社内コミュニケーションの課題を解決したい企業が増えたからだろう」と考察する。足元ではIT企業以上に、リアルのオフィスに集まる文化が定着していた大手・中堅の製造業による導入が目立つという。

矢野経済研究所(東京都中野区)は仮想オフィスツール市場が25年度までに20年度比72倍の180億円に拡大すると見通す。

成長市場には参入が相次ぐ。富士ソフトは「FAMoffice」、OPSION(大阪市北区)は「RISA」を展開する。アバターを介して会話できるといったコア機能は共通するが、各社は独自の価値の磨き上げにいそしむ。富士ソフトプロダクト事業本部FAM室の石田卓也室長は「仮想オフィスの利用データを収集・活用して生産性を高める働き方の提案につなげたい」と意気込む。OPSIONの深野崇代表取締役は「(上司などに与えられた)タスクをこなすとアバターの服がもらえるゲーム性など仕事を楽しめる要素を拡充していく」と力を込める。

新常態のオフィス戦略

「新常態のオフィス戦略として検討する企業が増えてきた」。oViceのセーヒョンCEOはオヴィス導入の目的が足元で変化してきたと感じている。企業はテレワークの常態化による低い出社率を前提にしたオフィス戦略を考え始めており、その戦略の一つとして、オフィス機能の代替として仮想オフィスを利用する動きが出ているようだ。「リアルのオフィスの代替として使い、オフィス賃料などの経費削減につなげようとしている」(セーヒョンCEO)という。富士ソフトも「リアルオフィスの縮小を目的にした導入相談を受ける」と明かす。

oViceのジョン・セーヒョンCEO

オフィス戦略を見直す企業の動きの顕在化は不動産業界からも聞かれる。オフィス仲介を手がける三幸エステート(東京都中央区)の今関豊和チーフアナリストは「(個人のデスクを備えた執務スペースは縮小して社員間の交流を活性化するカフェスペースを取り入れるなど、)コロナ後に求められるオフィスの事例が出てきており、それを基にオフィスのあり方を考えて移転しようとする動きが広がってきた」と指摘する。仮想オフィス提供企業の言葉を借りればその“移転先”として仮想オフィスが候補になっている。

とはいえ、仮想オフィスがリアルのオフィス市場を席巻する可能性については、現時点では否定的な声が多い。三幸エステートの今関チーフアナリストは「現役世代の大多数は仮想空間の利用に違和感があるだろう。使う側の意識の面で(オフィスの代替として)一般的に使われるほど機は熟していないのでは」と推察する。仮想オフィス提供企業を含めて「たとえ雑談しやすかったとしてもリアルのオフィスで直接会う場合に比べると物足りなさはある」という意見も多い。

投資効果が見えにくい

一方、仮想オフィスは、リアルのオフィスと同じような「空間」ではなく、あくまでコミュニケーションの課題を解消するためのITツールと認識する企業は多く、そうした企業からは仮想オフィスの投資効果の見えにくさが指摘される。社内の一部で仮想オフィスを使う、あるメーカーは「雑談を促すツールは業績達成を目的にした投資対象にならない。全社利用に向けて経営層などに価値を理解してもらうのが難しい」と漏らす。

こうした中で、oViceは、仮想オフィスの利用拡大に向けてオフラインとオンラインをシームレスにつなぐ仕組みの構築をカギとみる。「今後も出社とテレワークを組み合わせたハイブリッドな働き方が一般的になる。(その中で、)オフラインとオンラインの人が円滑に会話できるようにすれば、完全オフラインの企業以外は仮想オフィスを利用する余地が生まれる」(セーヒョンCEO)からだ。

その試みの一つにリコーとの協業がある。リコーの360度カメラ「RICOH THETA」と連携し、オヴィスにカメラで撮影したオフィスなどの映像を配信するシステムを構築した。仮想オフィスのオヴィスに勤務する人は実際のオフィスの様子を見たり、オフィスにいる人に話しかけたりできる。oViceのセーヒョンCEOは「今後も多様な企業と協業したい」と意気込む。

東京圏のオフィス市場は23年と25年に大量供給を控えており、今後、新常態のオフィス戦略に基づく移転のさらなる活発化が予想される。その移転の検討過程で仮想オフィスは存在感を示すのか、今後の普及に向けた試金石になりそうだ。

360度カメラと仮想オフィス連携で対話を生む

リコーは、外部企業と対話しながら協業の可能性などを模索する施設「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE Tokyo(RICOH BIL Tokyo)」を東京都港区に持つ。そこでオヴィスと360度カメラを連携したシステムを活用している。リコーがオヴィスに開設した仮想オフィス上に360度カメラで撮影した拠点の様子をリアルタイムで配信する。訪問者はカメラを操作して自分の意志で目線を変えながら、施設に展示したリコーの製品などを体感できる。

リコーの「RICOH BUSINESS INNOVATION LOUNGE Tokyo」では360度カメラの映像をoViceに配信し、訪問者がリアルの空間を体感できる仕組みを構築している

リコーは従来、RICOH BIL Tokyoに外部企業の関係者を直接招いていたが、コロナ禍で難しくなった。そこで代替手段として、オンライン会議システムを活用した案内を試みたものの、双方向の対話が難しくなったという。そこで、オヴィスと360度カメラを活用して、仮想空間での施設運営を始めた。

RICOH BIL Tokyoの菊地英敏ゼネラルマネージャーは「リアルの空間やそれを体感している訪問者の目線の変化などは対話の起点になる。対話から価値を生み出そうとする拠点にとって(オヴィスと360度カメラの連携による仕組みは)効果的」と力を込める。