東京都は25日、首都直下地震の被害想定を10年ぶりに見直し公表した。建物の倒壊や火災などによる死者を6148人と推計するなど危険性に警鐘を鳴らすとともに、被害規模を数字だけでなく、被災後の社会を時間の経過とともにリアルに訴えることに軸足を置いた。サプライチェーン(供給網)の寸断や従業員の出勤制限など企業活動を左右するリスクも例示されている。新たな視点をBCP(事業継続計画)に生かし、実効ある対策につなげることが求められる。(編集委員・神崎明子)

被災後の社会、リアルに描く

新たな被害想定を小池知事㊧に提出する東京都防災会議の平田地震部会長(25日午前=都庁)

新たな被害想定では、マグニチュード7クラスの首都直下地震として五つの地震を対象とするが、中でも首都中枢機能への影響が最も大きいとされるのが「都心南部直下地震」。震度6強以上の範囲は区部の6割に広がり、建物被害は約19万4400棟、帰宅困難者は453万人が見込まれる。

首都直下地震後、音声通話やインターネット通信が長期にわたり不通となる可能性がある(イメージ)

東京の地下は、さまざまなプレートが沈み込む複雑な構造であるだけに、こうした地震は都内どこでも起こる可能性があり、「震源位置によっては想定結果以上の被害の恐れもある」という。

都では2012年にも、首都直下地震の被害想定をまとめたが、今回の見直しの背景には、10年あまり経過しての社会や都市構造の変化がある。建物の耐震化や不燃化が進む一方、マンションの高層化や単身世帯の増加、スマートフォン保有率の向上などに伴い新たな課題が顕在化する。

被害想定の策定に携わった専門家からは、「数値だけでは実際に起こりうる被害を過小評価しかねない」との問題意識があった。実際、東京23区で震度5強の強い揺れに見舞われた21年10月は、建物への大きな損壊こそみられなかったものの、点検作業などで鉄道が止まり、帰宅や出社への影響が長引いた。

東京都防災会議地震部会の部会長である平田直東京大学名誉教授は「(被害者数などの)数字は行政にとっては重要。だが、定性的にどんなことが起こり得るのか評価することで、被害の全体像を示すことは非常に重要と考えた」とし、防災意識の向上や対策強化へ一石を投じる狙いがある。

【災害シナリオ時間軸で】「自分ごと」で捉える

こうした視点でまとめられた今回の被害想定。建物被害や人的被害、生活への影響やインフラ、ライフラインの災害シナリオを、時間軸に沿って洗い出した。発電所の停止で電力供給量が不足し、需要が抑制されなければ「計画停電が継続」「新幹線の運行停止で都内からの来街者の多くが帰宅困難となる」「基地局電源の枯渇で携帯電話の不通エリアが拡大」など、刻々と変化する被害の様相や応急復旧の進捗(しんちょく)を示した。事業者、生活者、それぞれの立場で遭遇する可能性について「自分ごと」として捉えてほしいとの思いがにじむ。

一方で、算出根拠に説得力が乏しいと感じざるを得ない被害想定もある。公共交通機関の運行停止などによる帰宅困難者の発生規模だ。2012年の前回推計では517万人としたが、今回の想定は453万人と見込み、64万人減少している。

都が理由に挙げるのは第一に、そもそも被害想定の対象とする地震が前回(2012年は東京湾北部地震を想定)と異なること。加えてテレワークやネット通販の普及で外出機会や外出距離が減っている傾向も反映したという。ただ、こうした傾向はコロナ禍で一時的に強まった可能性がある。

首都直下地震で新幹線が運行を停止し、都外在住者が帰宅困難になる可能性もある(東日本大震災当日の夕方の東京駅)

また、鉄道事業者間の相互乗り入れが広がった結果、ひとつの路線の遅れや運休の影響がより広範に及ぶケースも増え、結果としてより多くの帰宅困難者を生み出しかねない。今回の被害想定の算出にあたっても帰宅距離が1キロメートル長くなるごとに、帰宅困難割合が10%高まり、20キロメートル超では全員帰宅困難となることを前提とするだけに潜在的なリスクは大きいと捉える必要がある。

加えて、台風や豪雨、現在では新型コロナにみられる感染症の拡大が重なった複合災害の被害想定も今後の課題だ。

帝国データバンクが21年5月、全国約2万3700社を対象に実施した調査によると、BCPを策定している企業は17・6%にとどまる。今回の被害想定をそれぞれの事業特性や就業構造を踏まえた計画策定の弾みとしたい。すでに策定している企業も新たな視点で計画を捉え直すきっかけとすることで、はじめて今回の被害想定が意味を帯びてくる。

小池知事「正しく恐れ、対策を」

25日開催された都の防災会議。小池百合子知事は冒頭「この結果を踏まえ、東京の総力を挙げて防災に取り組む」とし、まずはその“羅針盤”となる地域防災計画の改定方針が決まった。23年1月下旬にも素案を示し、23年度早期の決定を目指す。

小池知事は「リスクを直視し、正しく恐れ、対策を進める」意義を強調。その一環として、都民が自身の居住エリアの被害想定を詳細に確認できるデジタルマップを作製し、対策につなげてもらう考えも併せて示した。