―年功序列や少数の優秀な人材を重宝する旧来とは異なる人事制度を模索しました。

「2008年のリーマン・ショックで日本が不況に陥ると、競争に弱い終身雇用制度が否定され、米国の一部企業が採用する人事制度が脚光を浴びた。だが、金融資本主義の下で生まれた年俸制やジョブ型雇用は貧富の差が激しく表れる。富を得る人がわずかで人類全体が幸せになれるのか。違和感があり、企業の成長と社員の生きがいを両立する人事制度を作りたいと考えた」

―編み出したのが興研独自の人事制度「HOPES」です。

「専門能力と業務実績達成能力、管理・被管理能力の三つの軸で社員一人ひとりを多面的に評価する。それぞれの得意分野で力を発揮することで、当社のような人材が限られる中小企業でも組織の力が高まる。評価軸は、会社がすべきこと・社員に求めるものを記した経営理念に結びついており、目指す方向を明確にした」

―行動をベースにした評価を説いています。

「数字や結果だけを評価していては社員のやる気が継続しない。そこで、目標を達成するための工夫や行動も評価した。社員の積極的な挑戦が増え、企業の本質的な進化につながった。評価対象となる行動は現場ごとに異なる。例えば、当社の主力である産業用マスクの工場の従業員であれば、事故につながるような異変に気づいたら加点するなど。従業員の細部まで評価しているが、大企業でも組織を分割すればできるだろう」

―管理職は機能であって地位ではないと位置付けた真意は。

「資本主義下で企業が競争に勝つには優秀な管理職が指揮を執る必要がある。上司よりも部下が優秀に育った場合は席を譲るべきだ。そこで、退いた後も気力を失うことなく、積極的に管理職に協力するのを一つの能力と見て被管理能力と名付け評価した。社員が飲み屋で自身の処遇を嘆くのは、日本型制度の評価軸に管理職という地位しかなかったからだ」

「未踏に挑み、オンリーワンを生み出す 新・日本型人づくり 興研の経営哲学と人事評価制度」

―多様な評価軸を持つHOPESを導入したことが、オープン型のクリーンシステム『KOACH』など独自の製品開発につながりました。

「多軸の評価により、得意分野を伸ばした個性豊かな社員と、彼らを生かす能力にたけた管理職のチームプレーが生まれた。世間一般的には管理職から扱いづらいと思われる社員が、枠外にはみ出した発想で行き詰まった時の打開策を打ち出すこともある。私は“クリエーションとイマジネーション”こそが人間の尊厳だと思う。像を描き、さまざまに展開することで新製品を開発してきた。それは未来永劫(ルビ、みらいえいごう)続けていく」

―HOPESは訳すと希望の意味もあります。込めた思いは。

「社長就任当時、大企業の大規模なリストラを見る度に自社の社員は不幸な目に遭わせたくないと強く感じた。そして14年をかけて完成させたのがHOPESだ。現在は欲深い金融資本主義と人件費の引き下げ競争に陥ったグローバリズムの時代。社員の幸せが置き去りにされた今こそ、社会を考え直す転換の時なのではないか。私の考えに共感し、共に頑張ってくれる人が増えたらうれしい。そして日本が再び輝くことを願っている」(熊川京花)

◇酒井眞一郎(さかい・しんいちろう)氏 興研会長

64年(昭39)早大第一商学部(現商学部)卒、同年レナウン商事入社。67年興研入社、81年社長、03年会長。東京都出身、80歳。

『未踏に挑み、オンリーワンを生み出す 新・日本型人づくり 興研の経営哲学と人事評価制度』(日刊工業新聞社 03・5644・7410)

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