産業技術総合研究所の石村和彦理事長は組織改革の大なたを振るう。4月には若手研究者を任期付きで雇う「博士型任期付研究員制度」を廃止した。任期制は雇用が安定せず、若手にとって不安が大きい。廃止によって腰を据えた挑戦的な研究に取り組める。多くの大学や国立研究機関が任期制を前提とするなか先鞭(せんべん)を付けた形だ。

−任期制は若手研究者の雇用不安の代名詞です。廃止の背景は。
 「産総研では5年間の任期中に論文を何本などと一定の業績を上げることがパーマネント雇用の条件になっていた。実態を調べるとほとんどの研究者が常勤になっている。一方で若手からは任期中に確実に成果を出すことが最優先となってしまっているという声があった。それならばと廃止した。安心して挑戦的な研究に専念する環境を整える。2022年度からは優秀な人材が安心して応募してきてくれると期待している。同時に若手の段階から企業との共同研究に積極参加してもらう。これらは社会実装が目標となるため論文の本数の面では〝効率〟が悪いとされる。だが社会にとって重要な研究だ。論文数など単純評価が難しい貢献をしっかり評価していく」

−21年度の成果は。
 「経営としてはコーポレート・ガバナンスを取り入れて経営と執行を分離し、CTOとなる研究開発責任者とCOOとなる運営統括責任者を置いたことだ。この組織運営体制の改革で執行体制が強化された。理事会では外部理事が拡充され、産総研外部からの客観的な視点がしっかりと入るようになった。いい議論ができるようになったと感じている」

「経営方針や産総研ビジョンを定め51個のアクションプランを策定した。その内、23項目を重要項目として選び経営資源を優先配分している。すぐに実行できるアクションプランは1月から始まっている。22年度は実行の年になる。産総研が変わっていく様子を見てもらいたい」

−研究成果の事業化など、社会実装の推進体制は強化しますか。
 「7月に社会実装本部を新設する。事業化プランの作成や企業との大型共同研究を担う。研究開発と組織運営に続く、3本目の柱ができる。マーケティングや営業、ライセンシング、ベンチャー創出などの機能を持たせる。これは現在の産総研の人材だけではやりきれない。準備室を設けて採用を進めている。産総研内部では制約もありスピード感が足りないなら外部法人で機動力を確保する。7月までに人材と組織を作る」

−事業化人材は研究者のキャリアパスと違いませんか。
 「個人にとってはキャリアの選択肢が広がる。研究職は専門性を突き詰めて管理職になるキャリアだったが、事業化に挑戦できるようになる。研究成果で起業するなど、研究と事業化の両方を行き来できる。総合職はより幅が広がる。従来は研究を支える総合職というイメージだったが、事業を作りだして実際に社会の課題を解くところまでできるようになる。もちろん広報や経理、法務など専門性を磨くキャリアもある。さまざまなキャリアを選べるようになる。このための先行投資はしていく」

−目玉の研究施策はなんですか。
 「産総研のコア技術と社会情勢を考慮して重要研究開発課題を明確化した。蓄電池とCCUS(二酸化炭素の回収・利用・貯留)、e뗙fuel、6Gの次世代通信、生体機能計測、バイオものづくりの六つだ。全所的に注力していく。また半導体分野では台湾積体電路製造(TSMC)が参画する『先端半導体製造技術コンソーシアム』を設立した。先端ロジック半導体の性能向上に向けて、新構造デバイス作製と評価を進める。シングルナノを実現する技術を開発していく。量子技術は量子デバイス開発拠点を形成する。オープンに社会実装を進めたい。材料分野ではマテリアルプロセスイノベーションプラットフォーム(MPI)を開所した。拠点に整備した製造装置や評価装置と、計算科学やデータ科学を駆使してサイバーとフィジカルの両面から開発を進める」

−経済安全保障が重視されています。機密管理などハードルが上がりませんか。大学では留学生の情報アクセスが課題です。
 「産総研の研究者はみなプロだ。プロとして秘密保持契約を結んで実行する。契約段階で情報の取り扱いを決め、環境を整える。また企業は本当に重要な技術は1対1で契約を結んで進める。利害関係者と横並びでは難しい。リスクや影響がでないよう運営していく」

−理事長のトップセールスの手応えは。
 「100社以上を目指してトップセールスを加速している。大型投資を伴う協業は経営層同士が深いレベルで理解し合い、同じ船に乗る覚悟をもってもらうことが重要だ。SOMPOホールディングスとは6年間で60億円の大型共同研究を締結した。少子高齢化による介護人材不足という日本最大の社会課題に挑戦する。少ない人手でも介護の質を下げずに、高いレベルを維持する技術を開発する。同時に介護の質の評価にも取り組む。これは社会へのインパクトが大きい。同規模の共同研究を成立させたい」

「そして価値ベースの産学連携を広げていきたい。研究から将来生まれる価値、すなわち社会へのインパクトで共同研究費を算定すべきだ。これまでの大学などの共同研究の平均額は約260万円。企業担当者の裁量で決められる金額だ。これでイノベーションが起きるかどうか。共同研究でなく研究や評価のアウトソーシングになってしまっている。企業がオープンイノベーションを進めるのは、社外に研究のダイバーシティーを求めているからだ。産総研は多彩な研究者や研究シーズを抱える。日本のナショナル・イノベーション・エコシステムの中核として役割を果たしていきたい」

−外部人材へのメッセージを。
 「『ともに挑む。つぎを創る』だ。日本を救う道はイノベーションしかない。研究開発から生まれた成果を社会に実装し、その利益を次の研究に投資する。そしてイノベーションが生み出されるエコシステムを創る。失われた30年を取り戻す。この挑戦は夢がある。ともに挑む仲間を求めている」

【略歴】いしむら・かずひこ 79年(昭54)東大院工修士修了、同年旭硝子(現AGC)入社。00年旭硝子ファインテクノ社長。06年旭硝子執行役員、07年上席執行役員、08年社長、15年会長、20年4月から現職。兵庫県出身、67歳。

【記者の目】
 研究者は大学を含む学術界での評価を上げるために論文数を追いかける。一方で産学連携の仕事は論文効率が低い。産総研の中で社会実装への貢献が評価されても、学術界が評価できないと研究者のキャリアにつながらない。国研の中で閉じずに見える化する仕組みが必要だ。論文数よりもイノベーションを求める社会に応えることになる(小寺貴之)