九州の西端、五島列島の長崎県五島市は、再生可能エネルギーによって地域経済の“浮上”が始まった。浮体式洋上風力発電1基の稼働をきっかけに10億円規模の電力事業が立ち上がり、再生エネ関連で100人近い雇用が生まれた。人口減少に直面する離島で起きた“再生エネ経済革命”の実態を探るため、五島市の中心である福江島を訪ねた。(編集委員・松木喬)

「子どもたちが野球の練習試合に行きやすくなった」。

福江商工会議所(五島市)の清瀧誠司会頭は目を細める。地域新電力「五島市民電力」が上げた利益で遠征費の一部を支援できるようになったからだ。

五島市も子どもが減り、野球チームは練習試合のために九州本土へ遠征する。フェリーだと長崎市まで3時間。土曜の午前に出発して長崎で試合後に宿泊し、日曜に島へ帰るため費用がかかる。五島市総務企画部未来創造課ゼロカーボンシティ推進班の川口祐樹主査も「親に遠征費を出してと言いにくかった」と振り返る。

子どもたちの救世主となった五島市民電力は2018年、商工会議所が音頭を取って有志52社が出資して設立した。地元の企業や社会福祉法人が太陽光発電所の電気を提供し、市内の企業や農協が営業で協力する“オール五島”体制で運営している。

市内の事業所や家庭の電気代は年30億―40億円。以前は全額が九州電力に支払われていたが、「40億円の20―30%は島に残るようになった」(清瀧会頭)と胸を張る。地元の家庭や事業所が五島市民電力と契約したためだ。「20―30%」を10億円とすると、10億円規模の事業ができたこととなる。離島にとって大きな経済効果だ。

燃料価格高騰の余波で多くの地域新電力が赤字に苦しむが、五島市民電力は黒字経営だ。「電気の仕入れを自分たちでやっているから」(同)と秘訣(ひけつ)を明かす。ただし、出資企業は配当を受け取らず、利益を地域に還元している。スポーツ以外にも文化活動での遠征費も支援するほか、農業振興にも役立てている。

83歳となった清瀧会頭は「子どもが残る島にしたい」と熱く語る。同市の人口は90年から2万人も減り、現在は3万4000人。高校を卒業すると大半の青年が島を離れており、40年後には1万人割れが予想される。危機感が地元に共有され、地域資源である再生エネが生み出した利益を地域課題解決に生かす循環ができた。

地域新電力設立のきっかけとなった浮体式洋上風力発電は13年、環境省の実証事業として戸田建設が五島列島の沖合に設置。実証終了後の16年、五島市と戸田建設子会社による商用運転が始まった。

戸田建設は8基を増設する構想を描いており、総事業費200億円が見込まれた。地元経済に千載一遇のチャンスであり、「なんとか五島で風力発電をつくりたい」(清瀧会頭)と同社に懇願した。地元企業が中心となって「五島市再生可能エネルギー産業育成研究会」を結成し、島内に製造拠点を誘致した。

浮体式洋上風力発電の上部は鋼だが、海に沈んだ部分はコンクリートでできている。市内の事業者が製造を担うが、福江商工会議所の山田肇専務理事は「通常のコンクリートよりも高い品質が要求されるが、ニーズに応えている」と胸を張る。ほかに建設業者や塗装業者も関わる。

陸上で製造した風車を沖まで運ぶ専用船

すぐに雇用に効果が現れた。16年時には再生エネ関連の地元企業は4社、従業員は39人だった。8基の増設が始まった22年は9社、従業員は95人に増えた。五島市は今後の経済波及効果を41億円、雇用を360人と見込む。

洋上風力に加え、島内の陸上風力や太陽光発電所を合計すると、五島市の電力消費量の半分を再生エネが占めている。さらに洋上風力8基が稼働すると再生エネ比率は80%に達し、“再生エネ先進地”となる。

五島版RE100始動、電気“輸出”し“外貨”獲得

再生エネの“追い風”で地元経済をさらに浮上させよと商工会議所は21年、「五島版RE100」を始動した。事業で使う電力全量の再生エネ化を目指す「RE100」は世界的な大企業に参加資格がある。「五島版」は主に市内事業者を対象とし、商工会議所が認定する。RE100は50年までの達成を要求するが、五島版は宣言から5年以内の達成を求めており、“本家”よりも厳しい。「五島産電気」の使用も条件だ。27事業者が参加するが「単なる費用アップでは続かない。ブランド力アップにつながる事業者に参加してもらっている」(山田専務理事)と戦略的だ。

商売人の目で電力会社を始めた…と清瀧氏

地域発の独自制度は、思わぬ反響を呼んだ。不動産事業を展開するJR西日本プロパティーズ(東京都港区)の九州支社が島外企業として初めて「五島版RE100」に参画し、五島産電気の利用を始めた。再生エネが豊富にある五島市は電気を“輸出”し、電気代という“外貨”を獲得できるようになった。

清瀧会頭は「すべて商売人の目で電力会社を始めた」と強調する。清瀧氏は島内で石油を販売する神田商会の会長を務める。本業にとって、再生エネは競合のはずだ。しかし、その再生エネに地域再生の鉱脈を見つけ、見事に掘り当てた。

ゼロカーボンシティ目指す、漁業と両立する地域創生

五島市の経済を“回し”始めた浮体式洋上風力発電は沖合2キロメートルにある。港から小さな船に揺られ、20分ほど進むと近くまでたどり着く。島からも姿を確認できるが、目の前で見ると大きく、ブレード(羽)の回転も速い。

船上からは高さ56メートルのタワーしか見えないが、海に沈む部分も76メートルある。全長172メートルの巨大な“柱”だが、釣りの「浮き」のように浮かび、傾いても元の姿勢に戻る。出力は2000キロワット。障害物がない海上は常に風が吹く。秒速7メートルの風で島の1800世帯分の電気を賄える。

戸田建設はENEOSや大阪ガス、INPEX、関西電力、中部電力とコンソーシアムを結成し22年から8基の増設に着手した。24年1月の完成を目指していたが不具合が見つかり、稼働は26年にずれ込む見通しだ。

市は23年、「五島市ゼロカーボンシティ実現協議会」を設置し、再生エネを最大限活用した脱炭素化を目指している。官民一体で推進するが、漁獲への悪影響を心配する漁業関係者の理解を得る必要がある。五島市の川口主査は「漁業関係者に伝えていないことを、先に他の人に話さない」と信頼関係の大切さを語る。

稼働中の風力発電を調べると、海に沈んだ部分が魚礁となって魚が集まっている。8基の増設後、さらに魚介類が増えると期待される。市は再生エネと漁業が両立する地域を創生する。

風力保守人材、地元で育成

再生可能エネルギーによって地域経済に好循環が生まれ始めた長崎県・五島列島の五島市。浮体式洋上風力発電8基の増設完了が予定される2026年、市内の消費電力は8割が再生エネになる。脱炭素社会への転換を先導するビジネスも育っており、離島が脱炭素の最先地となる。

市内に訓練施設を整備 点検作業、全国90カ所

戸田建設などが浮体式洋上風力発電の増設を始めた22年、五島市の再生エネ関連企業は9社に増え、100人近い雇用を生んだ。その一社がイー・ウィンドだ。祖業は建設業だが、2008年に風力発電の運用・保守(O&M)専業に業種転換した。風力発電の将来性に期待して現社名にも変更したが、イー・ウィンドの田上秀人専務は「銀行は簡単に融資してくれなかった」と当初の苦労を振り返る。

ロープを使った風力発電の保守作業(イー・ウィンド)

12年になると風向きが変わった。風力などで発電した電気の固定価格買取制度(FIT)が始まり、保守の重要性が増した。故障による運転停止があると、発電事業者の利益が減るためだ。

ニーズを受け止めるには、保守作業ができる人材が必要となる。風力発電は機械と電気の両方の知識が求められる。しかも発電機が収まったナセルは高所にあり、内部は狭い。加えて洋上風力だとクレーンに頼れず、ロープ作業をこなす技能も必要だ。「参入した15年前、自分たちで人を育てるしかなかった」(田上専務)という。

市内に訓練施設を整え、独自の技能認定制度を設けた。五島市沖に浮体式洋上風力発電が稼働したおかげで、浮体式の保守作業も経験できた。白紙の状態から人材育成を始めたが、これまでに全国90カ所、風力発電540基の点検を担当し、100基の運転を監視する。また鹿児島、和歌山、北海道に事務所を開設するなど離島のハンディをはね返して成長した。

地元に安定した雇用をつくる…とイー・ウィンドの田上専務

18年には風力発電の保守事業への参入を目指す地元企業と「長崎ウィンドサービスグループ」を結成。他社の従業員に1年間の技能訓練を提供している。同じ地域に競合企業を育てるようなものだが、「人材が増えると地元企業とネットワークを組める。風力発電産業の発展に貢献し、地元の安定した雇用につながる」(同)と語るように地域への思いを優先させた。同グループの技能訓練を受けた企業が7人を新規雇用した事例が生まれており、再生エネが地域経済に潤いをもたらしている。

海中調査にニーズ

全国各地に洋上風力発電の建設計画が持ち上がっており、海中調査のニーズも生まれている。浮体式風力発電が商業運転を始めた16年、市内に海洋エネルギー漁業共生センターが開所した。風力発電の建設候補地に出向いて海中の生態系を調査し、自然や漁業と共生した風力発電事業を支援する組織だ。

センターの活動を支える渋谷潜水工業(神奈川県平塚市)は海中工事の「職人集団」。培った知見を生かし、センターで海中作業ができる人材も育てる。洋上風力が普及すると、センターで育った人材の活躍の場も増える。

藻場再生、クレジット発行

再生エネに触発されるように、自然再生と脱炭素を両立させる新たな事業も始まった。

五島列島の沿岸では、海藻が茂った藻場が消える「磯焼け」が深刻化している。海水温の上昇によって活動が活発になった魚が、海藻を食べ尽くすためと考えられる。魚介類の生息地となる藻場がなくなると、海の生態系が崩壊する。五島市内の崎山地区はヒジキが急減し、2010年に絶滅した。

藻場再生活動によって回復した海藻のアカモク

市は19年、「磯焼け対策アクションプラン」を策定。「五島モデル」と名付け、成功事例の市内への展開を始めた。さらに漁業協同組合や企業も参加して21年、「五島市ブルーカーボン促進協議会」を設立した。回復した海藻が吸収した炭素量を計測し、取引可能な「クレジット」にする組織だ。クレジットは二酸化炭素(CO2)排出量の削減価値を持ち、売却によって藻場再生活動の資金を獲得できる。購入した企業は藻場再生を応援できる。22年度はCO212トン分のクレジットを発行した。五島市産業振興部水産課の桑村和弘係長は「さらに藻場再生が進む」と期待する。