輸入に頼った現状
 恥を忍んで打ち明けると、2015年11月のMRJ初飛行のニュースに接し、それまで国産のジェット旅客機が作られていなかったことを初めて知って驚いたのを覚えている。さすがにJALやANAが飛行機を生産しているとは思っていなかったが、○○重工業といった社名の大手メーカーが少量でも航空機を一機丸ごと(完成機を)作っているものと勘違いしていた。自動車をはじめとする日本の製造業は世界に名を轟かせているのだから、国産機はとっくに作られており、輸出もされていると思っていたのだ。

 日本の電機産業は周知の通り苦汁をなめているが、自動車産業はトヨタをはじめ健在だ。交通手段というくくりでは、鉄道車両や船舶についても日本企業は優秀な技術で完成品を製造している。航空機だけなのだ。米国のボーイングや欧州のエアバスなどからの輸入に頼っているのは。「ものづくり大国」を自称するには、重要なピースが欠けていると言わざるをえない。

 『航空機産業と日本』(中央公論新社)の著者、中村洋明氏も、そんな日本の航空機産業(航空機工業)の現状に忸怩たる思いをしている一人と思われる。技術経営研究家で、大阪府立大学客員教授、立命館大学客員研究員を務める中村氏は本書で、あまりに多くの日本人が、航空機や航空機産業に誤った認識を持っていると嘆く。そうした誤解を解いて正しい情報・知識を示し、航空機産業の重要性に気づいてもらうことが、本書執筆の動機だという。


 中村さんは、住友精密工業で主として航空機装備品の設計・開発に従事。数々の新規事業を統括した後、世界の航空宇宙大手BAEシステムズ社と折半出資の合弁会社SSSLを責任者として立ち上げた経験を持つ。

 本書で中村氏は、完成機の重要性を何度も強調している。現状、国内で完成機を開発しているのはMRJの三菱航空機だけ。それに続く動きは見えてこない。なお、本田技研工業の子会社アメリカ法人が「ホンダジェット」を生産してはいる。

 航空機は基本的に分業で製造される。完成機メーカーの代表格であるボーイングやエアバスであっても、すべての工程を自社のみでまかなっているわけではない。通常は、機体の一部を生産する機体メーカーや機体構造メーカー、エンジンメーカー、装備品メーカー、部品メーカー、材料メーカーなどおよそ数千社が分業して一機の航空機が完成する。こうした分業体制に、たくさんの日本企業も参画している。

 中村氏によれば、完成機を開発・製造する「完成機プログラム」の存在は、航空機産業全体の「成長の原動力」となる。国内にある程度の規模の完成機プログラムがあれば、国内のエンジンメーカーや装備品メーカーなども奮起し、仕事を得ようとしのぎを削るだろうからだ。

「オールニッポン」で完成機開発に取り組むべき
 航空機は、サイズによって、小さい方からリージョナルジェット機、細胴機(単通路)、広胴機(2通路)の3カテゴリーに分けられる。MRJはリージョナルジェット機だ。広胴機はさらに中型機、大型機、超大型機に分けられるため、通常、航空機はリージョナルジェット機、細胴機、中型広胴機、大型広胴機、超大型広胴機の5種類に分類される。

 これらのうち、市場規模がもっとも大きいのは細胴機で、航空機全体の44%を占める。一方、日本企業の参画度合いがもっとも小さい(2〜3%)のも、細胴機なのだ。こうしたデータから中村氏は、日本がMRJに続く開発対象と考えるべきは細胴機だと結論づけている。

 細胴機はリージョナルジェット機であるMRJより一回り大きいだけだ。しかも、細胴機の最新型であるエアバスA320neoとボーイング737MAX-8は、自衛隊が所有する国産の哨戒機P-1とほぼ同じサイズだという。つまり日本企業は、最新の民間の細胴機と同サイズの航空機を製造する能力を持っているということだ。

 中村氏は、細胴機の完成機プログラムを進めるためには、政府が強力にバックアップし、巨額の費用がかかるなどのビジネスリスクを軽減する必要があると主張する。その上で、特定の一社が主導するのではなく「オールニッポン」の新たな組織体を作るのが望ましいとしている。国家ぐるみの体制で航空機の世界市場に名乗りを上げようとしている中国に水をあけられないためにも、一丸となった取り組みが必須ということだろう。

 また、これまでのさまざまな経緯から、現状日本の航空機関連メーカーのほとんどはボーイングから受注している。こうした過度の「ボーイング依存」を問題視する声も大きくなっている。現状ボーイングやエアバスの占有率がきわめて高い細胴機市場に「オールニッポン」が割って入るならば、「ボーイングがいい顔をしない」という意見もよくわかる。

 ただ、最近になって日本の経済産業省とフランス航空総局がエアバスと日本企業の協力強化の覚書を交わすなど、「脱ボーイング」の動きも少しずつ見られるようになっている。

 エアバスは航空機製造にあたり、先進的な「モジュラーデザイン・アプローチ」を取っている。これは、製造工程をいくつかのモジュールに分け、それぞれ別々の企業が自主裁量で製造し、最後にモジュールを組み合わせて一機を完成させるというものだ。

 もし、日本企業が今以上にエアバスとの連携を深め、モジュールを丸ごと任せられるようになれば、先進的なモジュラーデザイン・アプローチのノウハウを吸収できるのではないだろうか。日本が独自性を発揮し、自国の航空機産業を盛り上げていくには、ボーイング、エアバス両社の「いいところどり」をしていく“したたかさ”が重要なのかもしれない。

(文=情報工場「SERENDIP」編集部)

『航空機産業と日本』
-再成長の切り札
中村 洋明 著
中央公論新社
256p 2,000円(税別)


【ファシリテーターのコメント】
 「完成機メーカー」の存在が国内の製造業活性化に有効というのは説得力がある。一方で、機体を製造する能力があるだけでは、市場でシェアを獲得するのは難しい。エアバスですら新規市場に参入することは容易ではなく、1970年の発足から1977年まで、単年度受注ベースの世界シェアが10%を超えることはなかった。その間、独仏政府を中心とした資金支援が続いたという。プロダクトアウト的発想で事業開発を行うと、製造業の他分野で見られるような苦戦を強いられる懸念があり、本文中にもある通り、市場のニーズのある分野を見極めた上で、政府・民間企業がリソースを集中投下することが重要と思われる。
小中島 洋平