始まりは2009年のちょっとした会話でした。GEのCEO兼会長だったジェフ・イメルトは、ニューヨーク州ニスカユナにあるGEの研究所、グローバル・リサーチセンター本部で、科学者たちと航空機エンジンへのセンサー埋め込みについて話していました。

 航空機エンジンは単に飛行機を飛ばすだけではありません。ひとたび回転をはじめると数兆バイトものデータを生成し、信じられないほど価値のある、エンジン内部の動作状態を覗き見られる“窓”を与えてくれるのです。

 そこから得るインサイトを活用すれば、エンジンのオペレーションを最適化したり、将来のより優れたエンジンの開発につなげることも可能なのです。当時GEは、そのデータで一体なにをしていたのでしょう?

 この運命的な会話のすぐ後、イメルトはGEをまったく新種の企業に変革する路線に乗せましたーー目指したのは、デジタル・インダストリアル・カンパニー。産業分野の機器設備をネットワークにつなげ、生産性の天井を解き放つものです。

 ハードとソフト、この一見正反対に見える両者の融合こそ、イメルトが2017年7月31日まで16年にわたって在任した証ともいうべきもの。

 イメルトは科学者たちから得た“機器のデータ“に関するインサイトを軸に125年の歴史を持つ伝統的な製造業の会社を大転換し、まるでスタートアップ企業であるかのようにその舵をとりました。

 アメリカを象徴するこの企業を世界のインフラ産業の一大勢力にしただけでなく、航空機エンジンや医療用画像診断装置、発電タービンなどを世界180ヶ国に向けて売り、彼はアメリカの製造業を成長させました。

 事業売却で得た1,000億ドルを手にGEのポートフォリオを変貌させ、根幹である産業部門に投資を傾けることで、同部門の収益を倍増するとともに成長戦略としてのイノベーションに注力しました。

 ある意味でイメルトは、発明で名高かった企業を発明しなおした、と言えるでしょう。

“常に真実を語る”
 2001年9月7日、ワールド・トレード・センターと米国防総省への悲劇的なテロが起きた日の4日前、イメルトはGEのトップに就任しました。テロ直後で世界経済が震撼する中、投資家たちはGEの株式時価総額を10億ドルも押し下げました。

 GEの副会長であるジョン・ライスは、当時の混乱の中にあって、ひときわ打撃を受けた産業について下したイメルトの決断を回想します。

 「我々は航空会社に多額の資本を投じました。あの時、航空会社は便を飛ばすことができない状況に陥り、資金を必要としていた。ジェフは、当時の状況下でも顧客に寄り添えるのかどうか、おびただしい数の非常に困難な決断を下したのです」

 このエピソードには、イメルトがGEでのキャリアをスタートした当初から見せた堅実さにも通じるところがあります。ダートマス大で数学と経済学を学んだイメルトは、ハーバード・ビジネススクールで学んだのち、1982年にGEに入社。すぐに家電製品部門に異動し、冷蔵庫のコンプレッサーの品質管理という困難な課題を課せられました。

 それまでマネージャーとして営業スタッフ数百人を束ねていたイメルトは、今度は7,000人の社員を従えて300万個のコンプレッサーを直すという職務に移ったのです。

 その時イメルトが取った行動は、当時CEOであったジャック・ウェルチに取り繕って問題を伏せた報告をすることではなく、その問題のためにどれだけコストがかかるかを率直に告げることでした。後にイメルト自身もFAST COMPANY誌の取材で「あの時、どんなときも真実を話すことを学んだんです」と語っています。

変貌を遂げたポートフォリオ
 イメルトが後継のジョン・フラナリーへと引き継ぐ会社は、彼がその会社を受け継いだ当時から大きく変貌を遂げています。イメルトは、不動産・金融サービス部門、NBCユニバーサルとその権利金を含むメディア部門を数百億ドルで売却しました。2008年の金融危機以降の苦境をGEはこうして乗り切ったのです。

 その後、イメルトは発電インフラに注力することでGEの中核ビジネスを強化、2015年には電力業界のリーディングカンパニ−であったアルストムのエネルギー事業を買収、2016年にはGEオイル&ガスとベーカー・ヒューズ社を合併し、世界最大のエネルギー・サービス事業を生み出しました。ライスも「永遠に語り継がれる彼の功績は、ポートフォリオの変革だ」と言います。

 イメルトのもと、GEは顧客企業の課題に対する考えも明確に示してきました。たとえば、「エコマジネーション」というイニシアチブを立ち上げ、環境問題の位置づけを、企業が取り組むアジェンダのトップに掲げるべきものへと押し上げました。

 またGEはデジタル化によってガスタービンや航空機エンジンで世界最高クラスの効率を実現したほか、世界最大の風力タービンを開発し、それらをインターネットに接続し最適化するソフトウェア開発に投資してきました。

 GEの9HAガスタービンは世界最高効率を樹立したとして、ギネスの世界記録に認定されています。また風力タービンの製造事業も世界屈指のレベルにあります。インダストリアル・インターネットのためにGEが開発したソフトウェア・プラットフォーム「Predix」は、デジタルと産業を掛け合わせた変革を推進する力となっています。

 財務的に見ても、イメルトの賭けは結果を残してきました。2005年以来、「エコマジネーション」は3,000億ドルの収益を生み出しています。これはGEの事業における温室効果ガス排出を53%削減することにも寄与しました。

ディール・メーカー
 8月1日付でCEOに、そして2018年1月からは会長を兼任するフラナリーは、イメルトが手がけてきた最重要なアクションの多くにおいて、欠くことのできない役割を担ってきました。

 55歳のフラナリーは、GEの事業開発部門のトップとして、GE史上最大となった1,350億ドルのアルストム買収案件を進めてきました。それ以前には、ラテン・アメリカやアジアでオペレーションを指揮、日本においては利益倍増を果たし、インドでも3年働いた経験があります。2014年に180億ドル規模の事業を行うGEヘルスケアのトップに就いて以後は、売上を5%成長させました。

 コネチカット州のフェアフィールド大を1983年に卒業しペンシルバニア大ウォートン校に進んだフラナリーは、3人の子供たちの父親であり、外野手ムーキー・ベッツにちなんで愛犬を名付けるほどのボストン・レッドソックス・ファンでもあります。
1987年にGEキャピタルに入社したフラナリーは、そこでレバレッジド・バイアウトを支えるリスクのある融資を分析する仕事を担当しました。

 6月12日に行ったFacebookライブの中でフラナリーは、イメルトのおかげでGEは「ずっとシンプルな会社」になったと言っています。今のフラナリーにとっての最重要課題は、投資家と顧客の声に耳を傾けて事業遂行に集中すること、そして「会社全体を新鮮な目で見直す」こと、それも急務の意識を持ってだ、と語っています。

“根気よく、レジリエンスをもって”
イメルトは、GEには日々この会社を動かしていく社員たちがおり、未来を向いたポジションにあると言います。とはいえ、創業125年のこの会社が成すべき仕事はまだまだ山積みだ、とも。

 昨夏ニューヨーク大スターン・スクール・オブ・ビジネスの卒業式で行ったスピーチでも、イメルトは「私もキャリアの初めの頃には、人がどう思うかを非常に気にしていました。しかし時が経つにつれ、完璧さよりも前進することにこそ価値があり、価値あるものとは常に粘り強さと打たれ強さを求めるものだと気付いたのです」と語っています。

【ファシリテーターのコメント】
矢継ぎ早のGE自身からCEO交代に関する情報発信。日本の場合、社長交代の記者会見を開き、だいたい後任が「〇〇社長の路線を継承し」というお決まりのフレーズが聞かれる。人は基本的に前任者と違うことをしたがる生き物。GEのオウンドメディアなのでイメルトの功績を讃える内容が中心だが、既存メディアはイメルト経営における違った視点での検証、フラナリーがどのように個性をだしてマネジメントしていくか、を報じないといけない。
明 豊