生徒1人1台のデジタル端末と高速大容量の通信ネットワークを整備し、個別最適化された学びを全国の学校現場で提供する「GIGAスクール構想」。新型コロナウイルス感染拡大によって臨時休業が発生したことを背景に、緊急時にも学びを保障できる環境としても実現が急がれている。政府は当初計画を3年前倒しし、2020度末までに整備する目標を掲げる。デジタル端末や校内LANの整備費を補助する仕組みを通して、自治体に整備促進を働きかけている。

その中で、さいたま市教育委員会は8日、教育のデジタルトランスフォーメーションを推進するプロフェッショナル人材(教育DX人材)の公募を副業・兼業限定で始めた。ビズリーチが運営する転職サイト「ビズリーチ」で8月4日まで募集する。ICT(情報通信技術)活用のプロ人材を教育委員会に招き入れ、GIGAスクール構想の実現を加速する。さいたま市教育委員会の細田眞由美教育長にDX人材への期待や、ICT活用によって目指す教育改革の展望を聞いた。(聞き手・葭本隆太)

日本の教育の未来をともに創る

―DX人材を募集する理由を教えて下さい。
 ICTの専門知識を持つプロフェッショナル人材が(さいたま市教育委員会の中に)いないと気づいたからです。GIGAスクール構想は1人1台のデジタル端末を用意する(といったインフラ整備)だけでは完結しません。それをいかに効果的に運用していくか、セキュリティやコンテンツなど考えるべき課題が山のようにあります。(それらを含めた)教育におけるICT活用について我々が気づかなかった発想で助言がもらえると期待しています。

一方、ICTのプロ人材にとっても(ICT活用による教育改革という)歴史の転換点で日本の教育の未来を一緒に創っていく仕事には魅力があるのではと思っています。

―なぜ副業・兼業限定なのですか。
 行政の予算的にプロ人材をフルタイムでヘッドハンティングするのは難しいです。コロナ禍をきっかけに(リモートワークが広がるなど)働き方が変わってきており、副業や兼業の形でプロ人材に手伝ってもらえるのではと考えました。

さいたま市の細田眞由美教育長

―「教育委員会」というと閉鎖的なイメージがありますが、外部人材の登用に抵抗はありませんか。
 教育(の世界)は今までフレキシブルではなく(外部人材を生かすといった)発想がありませんでした。ただ、我々は学校教育という場所にしか身を置いてこなかったため、教育以外のモノの見方ができないところに不安や限界を感じています。(外部人材の)助言を受けて化学反応が起きることにワクワクしていますし、(さいたま市教育委員会の中に)嫌がる人は誰もいません。

ICT活用による教育改革とは

―さいたま市はGIGAスクール構想の実現にとても積極的と伺います。
 1日でも早い構想実現を目指して準備を始めています。私たちの想像もつかないようなこれからの社会を生きていく(子どもたちに必要な)力をICTを活用した教育改革で育成しないといけない(と考える)からです。特に経済協力開発機構(OECD)による2018年の「生徒の学習到達度調査(PISA)」において日本の生徒の「読解力」が15位まで下がったニュースを昨年末に目の当たりにし、そう実感しました。

PISAの読解力の問題では、インターネット上にある学者のブログや書評、論文を読み比べて考察する「デジタル読解力」が問われました。日本の教育現場ではそんな授業は行っておらず、順位が下がるに決まっています。

さらにコロナ禍によって学校を臨時休業せざるを得ない事態が起きたことで、例え緊急時でも学びを止めない体制の整備としても(GIGAスクール構想の実現が教育現場に)迫られています。

―ICTを活用した教育改革を通して育むべき力とはどのようなものでしょうか。
 インターネットなどを活用して知識を探求する力と、それを活用して本当に価値のあるものや新しい価値を見つける力です。(算数・数学では関数や図形などの変化を可視化できるなど)ICTを活用するとわかりやすい授業ができます。我々にはICTを生かしてわかりやすく探求的な学びを提供できるかが問われます。

これまでの学びは、既知の知識をいかに早く大量に自分の頭の中に入れて、いかに早くアウトプットするかが問われていました。そうやって必死に身につけようとしていた知識は、今やスマートフォンの中にいくらでもあります。今までの学びをパラダイムシフトしなければなりません。

―育成すべき力として「インターネットを活用して知識を探求する力」を挙げていただきましたが、ネット検索によっていち早く答えにたどり着いてしまうことは、子どもたちの調べる基礎力を育む上で果たしてよいのでしょうか。
 (探求力を育むためには)図書館で文献にあたる作業(の組み合わせ)も重要でしょう。そもそもインターネット上に溢れている情報は玉石混交です。フェイクや表面的な知識が混じっています。その中で必要に応じて文献などを調べていくことで本物の知識に巡り会えます。また、学び舎に集って知識をぶつけ合いながら最適解に近づくことも大事。そこで生かせるコミュニケーション能力の育成も必要です。

―GIGAスクール構想による利点としては「個別最適化」も指摘されます。
 今までの一斉授業では理解の遅い子と早い子を完全にカバーすることには限界がありました。デジタルコンテンツを活用した授業によって各生徒の理解度などに応じて適切な教材を提供できます。

―「自分の好きなことにもっと時間を費やしたい」や「自分のペースで学びたい」といった理由で週に1度や半分しか学校に通わない子どもが増えていると聞きます。「個別最適化」の観点を含めてそういった子どもたちにはどのような学びの提供が適切だと考えますか。
 公立校の学校教育に携わる私たちとしては「(本人や家庭の考え方で学校に通わないのは)仕方がない」とはなりません。学校で同世代と学ぶことで培われる他者とコミュニケーションする力や相手をおもんばかる力は子どもたちの将来に生きると明確に感じています。その意義をしっかり伝える必要があります。もちろん、学校では学べないという子どもたちに対して「個別最適化」の観点で(オンラインなどを活用して)学びを提供していくことも大事。そこには正直せめぎ合いがあります。

コロナ禍があぶり出したもの

―ICT活用に向けては教師のリテラシーも問われそうです。
 大きな課題です。大学でデジタルコンテンツを使いながら学んでいた若い教員から、チョーク1本で教壇に長く立ってきた(ベテランの)教員まで、皆がICTを活用した探求的な学び(のあり方)を考えないといけない。それについてはシステマティックに研修していきます。

―やはりベテラン教員の方がITツールの活用には難があるのでしょうか。
 若くITリテラシーの高い教員はアドバンテージがあるかもしれません。ただ、(それよりも)チャレンジ精神があるかないかが大きいのではないでしょうか。ベテラン教員はチョーク1本と教科書だけで素晴らしい授業ができる力量があります。そんなベテラン教員がICTを活用すると授業がより面白くなると気づけば向かうところ敵なしです。

―さいたま市はコロナ禍において市立小・中学校の生徒に対して、オンライン学習コンテンツ「スタディエッセンス」を活用した授業を展開しましたが、その成果はいかがでしたか。
 課題が多かったですね。(さいたま市立の学校に通う)10万人のうち個人でデジタル端末を持つ子は約30%、両親などが持つデバイスを入れても90数%で(100%には至らず)、兄弟がいると同時に受講できないといった問題も起こります。挑戦自体は評価されましたが、各家庭のITインフラの整備状況を踏まえると(運用は)難しかったです。

もう一つ、学びの自立性を育まないといけないと突きつけられました。先生も誰もいない場所で「アプリを使って演習しろ」と言われてもなかなか取り組んでくれなかったですね。

一方、コロナ禍では嬉しいこともありました。私自身、学校を臨時休業しなくてはいけなくなったときに「同世代の子どもたちが学校という学び舎に集って学ぶという我々が当たり前に思っていたシステムの終わりの始まりなのでは」と不安に思ってしまったのですが、実はそうではなかった。子どもたちが「学校に来たい」「学校で友達と議論したい」「先生に会いたい」と強く思っていることを知りました。登校して(先生や他の子どもたちと向き合って)学ぶ意義が改めて明確になりました。(だからこそ)これからの学校教育には、一緒に学び合ったり、体験したりすることと、デジタルを使った効果的で効率よい学びをベストミックスにしていくことが求められると感じています。