人口減少社会や人生100年時代、コロナ禍での社会構造の変化など時代とともに働き方が大きく様変わりしている。終身雇用制度に基づく「カイシャ」と「人」の関係も変化し、多様な価値観の醸成や新たな競争力を求めて大企業を中心に選択肢が徐々に広がってきた。一方で限られた人材で営む中小企業や生産現場が中心の製造業には依然としてハードルが高い。本業以外で収入を得る副業・兼業を政府主導で促す機運も高まる中、企業と働き手との関係に焦点を当てた。(高田圭介、大阪・大川藍、名古屋・浜田ひかる)

社員へ設備開放・資金支援

「これからの町工場の採用人事について一緒に考えてください」―。鋼材加工を手がける溝西鉄鋼(大阪市西区)の求人募集にはこんな文字が並んだ。

狙ったのは豊富な採用経験を持つ副業人材だ。人事部門1人の起用に対して20人超の応募があり、途中で募集を締め切るほどの手応えがあった。現在は選考中で、採用後は人事戦略を考える頭脳として活躍を期待する。

同社は人口減少時代の採用戦略を構築するにあたり、大阪府の勧めで副業人材の力を借りることにした。「第三者の目線が得られる」(桜井宏充専務)ほか、正社員雇用でないため人件費を抑えられる点も魅力だという。まずは3カ月の期間限定での採用だが、双方が納得すれば契約を続ける方針だ。

大阪府は大企業に在籍する高スキル人材を中小の経営に生かす「タレントシェアリング」事業を2018年度に開始。中小の求人情報を副業人材専門のマッチングサイトへ無料で掲載し、課題解決を促す。19年度は前年度比2倍の20件の利用があり、中小の注目度は高まっている。

事業の視野を広げる観点から副業を推奨する企業もある。線材加工を手がける三陽スプリング製作所(大阪市生野区)は、社員の副業を認め、資金支援にも積極的だ。大原泰秀社長は「新しいことに挑戦するのなら、会社を辞めるのではなく(社員の副業へ)協力したい」と話す。

ベトナム人社員のブ・ホアン・バオさんは終業後や休日を利用し、スマートフォンなどの修理業を手がける。会社の事業とは直接関係ないが、線材加工で培った微細な加工技術が生かせる。社長公認のため、会社の設備を利用することもあるという。

大原社長は「(トップダウン型の)中小ではある程度までいくと(事業アイデアの)引き出しがなくなるが、意欲のある人が分野を広げてくれたらいい」と本業への波及効果も期待する。社員が望めば資金援助し、独立を支援するほか、社業としての展開も考えている。

給料を補填・社長自ら実践

愛知県の中小で副業や兼業を取り入れる事例は少ない。そうした中、ライン工業(愛知県小牧市)は、10年から社員に対して副業を推奨している。中井健滋社長は「上からの意識変革が必要だ」と指摘する。

同社は工場内の生産ラインを製造する中小。かつて資金繰り悪化で社員に十分な給料が払えない事態に直面し、副業を認めた。

しかし、社員の動きは鈍かった。そこで社員の意識改革を目的に、中井社長自らが“副業”を開始。メガネを製造する事業で外部企業と連携を模索、17年には社内に同事業を手がける組織を新設した。3Dプリンターなど専用機械も取りそろえた。

ライン工業の中井社長は自ら副業でメガネ事業を開始。賛同する社員がCADでメガネフレームを設計する

「上が動けば、社員も動く」(中井社長)ように、一部社員は率先して新規事業に参画。9月以降にメガネフレームの自社生産を開始する予定だ。

中小に対して副業環境の醸成をサポートする動きも出てきた。ツナグコト(名古屋市東区)の鈴木雅登代表理事は、新型コロナウイルス感染症拡大で派遣切りにあった事務職系社員を対象に、中小の事務仕事をあっせんする新サービスの立ち上げを模索する。経理など専門的な知識が必要な職種もあり、「技術や経験のある人たちの働きやすさを追求する」(鈴木代表理事)と意気込む。

働き方の価値観転換 東京圏20代、17%が副業検討

コロナ禍による社会構造の変化は、働き方に対する価値観の変化をもたらしている。政府の有識者懇談会「選択する未来2・0」が6月に示した調査では、新型コロナの影響を受けて東京圏に住む20代のうち17・6%が「新たに副業を検討しはじめた」と答えた。仕事や収入など将来への漠然とした不安が高まり、都市圏の若い世代を中心に副業を選択肢の一つとして考える傾向も浮かび上がる。

副業の役割も新たな形を見せようとしている。スキルシフト(東京都港区)は、地方の中小と大都市の人材をつなぐマッチングサイトを運営。商品開発や経営企画など中小単独での解決が難しい課題に対し、登録した人材によるスキルを生かす形で業務委託契約を結んで双方のニーズを満たしている。

サイトに載る案件は月数万円程度の報酬が主体。本業の収入を補う意味合いが強かった従来の副業のイメージから、鈴木秀逸執行役員は「知的好奇心を満たす手段になっている」と変化を口にする。本業での働き方に一定の満足度があり、Uターンや地方移住までのハードルは高くともスキルアップややりがい、地域貢献などを求める層の受け皿として約3500人が登録している。

労務管理の複雑化懸念

副業を望む人が一定の割合でいる一方、現実にはギャップもある。総務省の調査では20―40代の男女を中心に、副業が「ある者」と「希望する者」とで開きが生じる結果が出た。

企業側からは副業に対して過重労働や労務管理の複雑さなどを懸念する声も根強い。政府は働き手に副業先での労働時間を本業の勤務先に自己申告させ、通算労働時間で残業時間の上限を守らせる検討を進めている。国内の労働人口減少や社会ニーズの多様化で副業や兼業を取り巻く様相も変わってきた。多様なキャリアパスを形成する上でも、企業と働き手の双方が納得できるルールづくりが今後のカギを握りそうだ。

副業・兼業とは…

本業以外で収入を得る副業や複数の仕事を担う兼業は、スキルアップや資格の活用、収入確保など多様な働き方を求める観点から希望する人が増加傾向にある。2018年には厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」と「改訂版モデル就業規則」を示して実質的に解禁。しかし、労務管理の難しさから実際に副業・兼業の活用は横ばい傾向が続く。政府は副業・兼業を成長戦略の柱の一つとしており、「環境整備を行うことが急務」として労働時間の管理方法を中心にルールづくりを進めている。