自らの癖、対話で気づきを

異分野や文理の融合の重要性が言われるが、これは異文化間コミュニケーションであり、試行錯誤しながら間に橋渡しする必要がある。東京医科歯科大学、東京外国語大学、東京工業大学、一橋大学の4大学連合では研究連携の拡大で、新型コロナウイルス感染症後のニューノーマルで研究コンソーシアムを設立。東京外大の担当では学生のワークショップを企画した。

その理由は、プロの研究者はすでに専門の各学問分野の作法が身についており、作法が違う人間といきなりグループを組んでも融合が難しいためだ。研究の手法・ツールが違えば議論の進め方はもとより、何が問題なのかというところからかみ合いにくい。そこで学びの途上にある学生で、課題も新型コロナの現場を中心に据えた。

まず高齢者ケア、飲食店などの現場から、コロナ対策の疲れや苦痛に満ちた現状を聞き、苦痛を少なくするために「自分たちに何ができるか」を学部3、4年生中心の各5人のグループで議論した。

飲食店テーマでは歓談の声を遮るパーテーションに議論が集まった。理工系から材料変更やマイク・スピーカーの活用といったアイデアが出る。ところがふとした拍子に「パーテーションで遊べないか」という声が上がると、「相手の顔に重ねてペンで落書きする」「魚が泳ぐ水槽を間に挟む」と四方八方にアイデアが広がった。面白いのは優れた1人の発想力でなく、多様な人々の発想の連鎖反応から生まれてきたことで、学生もその可能性に驚いていた。

企画側が嬉(うれ)しかったのは「他大生の論理や思考パターンに触れて、自分の考えの癖を知った」という学生の気づきだ。初めの「なんかノリが悪いな」「話が合わない」といった思いに対し、対話を通じて間を乗り越え、共感の関係を作り出すプロセスの中で、自分の癖にまで気づきが及んだ。

研究者の場合は互いに見ている部分の差に加え、見ていない部分の違いにも注意が必要だ。学問的研究では考察対象から外すものを明確にし、研究分野の精緻化を図ってきた。私の専門の言語学なら、個人間の差異や時代による言語の変化は無視し、変化しないと思われる部分だけを研究対象とする。それが分野間、そして学術研究と社会との間に壁を作る。この自分の思考の癖を忘れないようにしたい。

【略歴】なかやま・としひで 東京外大外国語卒。米カリフォルニア大院など修了。01年東京外大助教授、12年から教授。言語学博士。静岡県出身、58歳。