本社ロビーに飾られた、書家・紫舟氏の筆による「愛氣創造」。島精機製作所創業者、島正博会長の経営哲学は三つのキーワードから覗うことができる。

〝愛〟とは、仕事を愛する、人を愛する、地球を愛する。人や環境に優しいモノづくりで社会貢献していくという誓いだ。相手の立場に立って喜ぶような形にする、という商売の基本理念でもある。島会長は「マナーの意味だ」と解説する。

幼少時代から「ケンカまさ」と呼ばれてきた。曲がったことには黙っていられない。創業初期に多額の借金を抱えて苦境に陥ったのも、取り扱い商社が法外な値段で売ろうとしたことに抗議したのが発端だ。「値を付けるのは売り主の勝手」との〝売り言葉〟に、「作るか作らんかは作り主の勝手」と〝買い言葉〟で応じ、取引を止めた。「お客さんを愛する。金を愛するになってはいけない」との思いにブレはない。

〝氣〟とは、なんとしてもやり遂げるという気合いのこと。商社との取引を止め、絶対絶命の危機に瀕した。借金の返済期限が迫る中、寝食を忘れて革新的な自動編み機の開発に取り組み、完成させた。「情熱がなければ、新しいモノを生み出せない」との言葉には実感がこもる。

情熱は周囲からの応援も引き寄せる。後に和歌山県知事を務めた故・仮谷志良氏は、県経済部長時代から、次代の地域を牽引する企業として、島精機に目をかけていた。支援企業の手配や叱咤(しった)激励。直販に踏み切ったのも「和歌山の雇用・サービスを創出し、産業を興そう」と、氏から助言があってのことだ。

そして〝創造〟。和歌山から世界初の機械を開発、送り出してきた。地元の人からは親しみを込めて「紀州のエジソン」と呼ばれている。常に「人間は感性と創造性を生かして世の中にないモノを創り出せる」と、社内、地域を鼓舞している。

国内製造業の行く末には「相手が欲しいものを提供し続けるのがメーカーの役割。まねばかりになっていると人件費が安い海外に仕事が流れる」と警鐘を鳴らす。「モノづくりと言いながら、他力本願の精神が抜けきらない」とも指摘する。

経営の師と慕うのが、森精機製作所(現DMG森精機)創業者の一人で初代社長の故・森林平氏だ。繊維機械で創業した同社が、工作機械に軸足を移した時、設備や商権を譲ってもらい島精機を設立した縁がある。森精機はサービスを含む一貫提供で差別化し、世界に羽ばたいた。今も、その背中に学んでいる。(南大阪支局長・小林広幸)

【略歴】しま・まさひろ 56年(昭31)和歌山工高卒、61年三伸精機(現島精機製作所)設立、社長、17年会長。和歌山県出身、85歳。