文部科学省で博士号取得者を3倍に増やす「博士人材活躍プラン」が始動する。約30年前の「ポスドク1万人計画」と異なるのは博士人材の需要を学術界の外に作ろうとしている点だ。大学などのポストはほぼ増えないことを前提に、産業界や教育界に採用拡大と処遇改善を働きかけ、多様な場面で博士人材が活躍する社会を作る。この多くは文科省の手の届かない領域だ。実現には在野の博士人材の協力が欠かせない。(小寺貴之)

「日本では『博士=研究者』というイメージが強過ぎる。国際機関では修士号は当たり前で半分くらいは博士号を持っている」と盛山正仁文科相は指摘する。博士号は専門人材としての出発点に立ったという証で、海外では博士号がないと相手にされない場面が多々ある。盛山文科相は運輸省(現国土交通省)時代に経済協力開発機構(OECD)に派遣され、博士号がベースラインとなる海外での“当たり前”を経験してきた。

その後、政治家に転身し、神戸大学で法学と商学の博士号を取り、文科省にとって初の“W博士”大臣となった。盛山文科相は「落選中に博士号を取ったため先輩から『君は選挙に弱いんだからそんな暇があったら地元を回った方がいいんじゃないの』と指導された。おっしゃるとおりだった」と振り返る。選挙区で博士の名刺を持ってあいさつすると「『あんたの話は難しいけど、博士が何すんの』と言われたりもした」と明かす。海外で博士号のない苦労と、日本で博士号を取った後の徒労感が身にしみている大臣になる。

文科省内部には博士人材を増やす政策にはためらいがあった。ポスドク1万人計画は結果的に正規の職に就けないポスドク(博士研究員)を大量に生んだ。批判は根強く、数値目標を掲げると失敗の上塗りと批判されることが容易に想像されたためだ。それでも大臣直下のタスクフォースで新プランを練り、44の施策を盛り込んだ。

文科省自体は博士人材の採用率を総合職の1割と定め、これを堅持する。優れた博士人材は昇格ペースを早める。インターンシップ(就業体験)などで博士課程学生の受け入れを拡充し、博士号取得後に行政府で働くイメージや能力の生かし方を見つけてもらう。産業界には処遇の改善や従業員の博士号取得支援などをお願いする。

経団連と文科省の会合では大臣自ら「博士に進むと就職先がなくなるなどネガティブなイメージが底流にある。採用や処遇など、産業界と協力してイメージを変えていきたい」と要望した。経団連の十倉雅和会長からは「国際的な人材獲得競争が激化している。この問題は経済界のみでも教育界のみでも政府のみでも解決できない」と産学官で取り組んでいくことが示された。今後、経済同友会や関西経済連合会など、機会を見つけて協力を要請する意向だ。

政策では税額控除制度の普及やジョブ型インターンシップの拡大、博士人材と企業のマッチング支援強化などの施策を総動員する。それでもポスドク問題で社会に根付いたイメージを変えるのは容易ではない。いま活躍している博士人材に発信してもらう必要がある。博士の大臣はお願いに行脚する。在野の博士がどんな声を上げるかにかかっている。