ギターを製作・販売するセッショナブル代表取締役の梶屋陽介さんは、「女川でなら、新しいものに挑める」と話す。30万―40万円もすれば高級ギターとされる中で、同社の製品の一つ「SWOOD(ソード)」は、約102万円と約75万円という超高級品。

 「今までにない要素をふんだんに取り入れ、所有欲をかき立てる新ジャンル」を狙った。2017年初夏の発売から約30本を販売している。

 音に影響するネックと胴体のつなぎ目の技術を、伝統の技術を受け継ぐ「気仙大工」の建具職人と共同開発した。通常はボルトや圧着でつなぐが、ソードはホゾと弦の張力でつなぎ「鮮明だけど重厚」な、従来にない音質を実現した。デザインと金属加工でも一流のプロと組んだ。

 「当初、女川で起業する理由はなかった」と明かす梶屋さんは、鹿児島県の種子島出身。震災時は東京の大手楽器販売店のトップセールスマンだった。

 以前から30歳までに起業しようと考え、東北沿岸部でのモノづくりを決心。その頃、復興に取り組むNPO法人アスヘノキボウ代表理事の小松洋介さんに「女川に来なよ」と声をかけられた。

 梶屋さんは、女川に来て「町の人が挑戦を楽しんで、エネルギーがある。この空気感の中でやりたいと思った」とし、今後の夢を「海外販売を増やし、シンプルに事業を大きくしたい」と語る。

 小松さんによると、地域で起業家が増える時、「まず地元の人が起業し、次にUターンした人が起業すると、周囲の応援が広がる。すると、外から来た人も挑戦しやすい雰囲気になる」と話す。

スペインタイルに“復興の思い”
 女川町に住んでいた阿部鳴美さんは、「運命的な出会いの積み重ね」で、震災から2年でスペインタイルを製造販売するNPO法人みなとまちセラミカ工房を立ち上げた。

 「あっというまの7年だった」という。震災前に陶芸サークルの会計係だった阿部さんは、活動費を津波で流されたことに責任を感じ「もう一度みんなに陶芸をする機会を」と思っていた。

 だが、窯がない。そんな時、女川に3階建てコンテナ仮設住宅を建てた著名建築家の坂茂氏がイベントに訪れ、阿部さんは自己紹介の席で陶芸の話をした。

 坂氏が教授を務める京都造形芸術大学学長(当時)だった日本画家の千住博氏も女川を訪問。11年12月に千住氏から「学校から窯を寄贈しましょう」と申し出を受けた。

 同時期、女川はスペインとの異文化交流が決まった。陶芸の経験を買われた阿部さんは、美術講師の女性から「一緒にスペインタイルを勉強しない?」と声をかけられた。

 12年1―2月に東京の教室で勉強し、同3月11日にスペイン研修へ出発。100年以上前に作られても色あせないスペインタイルを見て、「女川の思いを鮮やかなタイルで未来に伝えたいと強く思った」(同)。

 スペイン研修の目的はリポート作成までだったが、「今やらなければ後悔する」(同)と決断し、起業を支援するNPO法人アスヘノキボウの小松さんに相談。内閣府の補助金で法人化の資金、緊急雇用対策費で仲間の給料を用意。6人で工房をはじめ、現在は最大12人が働く。

 セラミカ工房のタイルの人気絵柄に、獅子舞が船に乗った「いずれ海上獅子舞」がある。阿部さんは「海上獅子舞が復活したら、いよいよ本当に復興ね」と話す。その時には、タイルも女川の新しい魅力として根付いているに違いない。

課題解決「女川から」
 女川町には現在、駅や温泉施設、ギターの梶屋さんやスペインタイルの阿部さんらが入居する商店街「シーパルピア女川」など建物がそろってきた。

 沿岸部ではトラックが絶え間なく行き交い、公園などの工事が進む。起業支援などを行うNPO法人アスヘノキボウ代表理事の小松洋介さんは、復興で姿を変える町を見ながら、「建物はツール。次の段階で『暮らしやすい町』『稼げる町』にするために、『活動人口』を増やしたい」と話す。女川には企業研修や観光で、多くの人が訪れる。

 アスヘノキボウは、活動人口の増加に向けて取り組んでいる。町民も含めて仕事や趣味で活動する人が増えれば増えるほど、新しいものが生まれる。

 町内外の人の活動のハブとなるフューチャーセンター「カマス」の運営や、地域の課題を話し合うイベントも開催。漁業や山、起業家など地元の現状を知る滞在や、お試し移住のプログラム、起業支援などを行う。

 活動の具体化には、小松さんらが手がけた「女川データブック」が役立った。町の人が不安に思うことやうわさ話を集め、公的な統計資料を使って事実か否かデータをまとめた。

 例えば「水揚げ高が減ったから、水産加工品を作れない」と聞けば、関連性を時系列データで確認。加工会社が漁師を支援するきっかけになった。「仕事がないから人が来ない」と聞けば、有効求人倍率と人口の関係を調べた。「何となく不安なことをデータにすれば、行動に移せる」と小松さんは話す。

 同データブックは全米有数の起業の町である米ルイジアナ州ニューオーリンズを手本に作成した。05年にハリケーン・カトリーナによる全米史上最悪の自然災害に見舞われたニューオーリンズも、復興とともに生まれ変わった。女川町を訪れた他の自治体もデータブックに興味を示しており、地方創生のツールとして広がるかもしれない。

 地方は都市に遅れていたが、課題解決では先行しフットワークは軽い。小松さんは「女川から日本の社会課題を解決する事業をやりたい」と意気込む。地方から挑戦する新しい流れに期待したい。

(文=梶原洵子)

【ファシリテーターのコメント】
「あたらしいスタートが世界一生まれる町へ」。宮城県女川町には、こんな垂れ幕が掲げられている。未曽有の被害をもたらした東日本大震災で、女川町は町民の約1割が命を落とした。多くを失った被災から7年がたったその女川町で今、多くの起業家が「あたらしいスタート」を切っている。現地で活躍する3人の起業家を取材した。
(日刊工業新聞第一産業部・梶原洵子)
日刊工業新聞 記者