最低でも3億円以上の金融資産が求められるプライベートバンク。資産家一族により特化した「ファミリーオフィス」は運用、管理、経営、承継、教育などの専門家集団で組織され、プライベートバンク以上に奥が深いサービスが提供されるという。知られざるファミリーオフィスの実態に迫った。

◆資産家一族に特化した専門家集団「ファミリーオフィス」の実態とは?

 もともと欧州の富裕層や貴族の資産を保全する地であったスイスで、資産管理や運用の知識と実績を持つ専門家と富裕層が連帯して会社をつくり、財産を運用したことから始まったプライベートバンク(PB)。PBで提供されるサービスは、「資産運用」(ウエルスマネジメント)と「資産管理・保全」(エステート・プランニング)の2つに大きく分けられる。

 香港でプライベートバンカーとして活躍するウェルズ・グローバル・アセット・マネジメントCEOの長谷川建一氏はこう説明する。

「短期間で高収益をあげる資産運用ができたとしても、その収益に高い税率が課されては手元に十分残りません。また、相続の発生で課税されて、長年かけて増やしてきた資産が減少してしまえば大きなダメージとなってしまいます。富裕層にとっては、資産が効率的に運用されることはもちろん、合理的・合法的に計画されてスムーズに承継されていくことも重要なのです。そうなると資産の管理に携わるさまざまなジャンルのプロフェッショナルたちが必要とされることも多いのです」

◆最善のソリューションをテーラーメイドで提供

 基本的には顧客にとって最善のソリューションをテーラーメイドで提供している。

「日本の富裕層の富は、主に国内不動産や自社株(未上場株)で構成されています。これらの資産は流動性に乏しく、換金性が低いことが特徴です。ところが相続・承継が発生したとき、日本では最高税率55%の相続税が課せられます。相続税の納付は、相続財産の所有者だった人の死亡から10か月以内に現金で済ませないとならず、これがとても厳しいのです。

 また、海外資産を保有・所有している場合は資産評価や資産課税そのものが国ごとに異なるうえ、相続人に海外居住者がいる場合は居住年数などによって扱いが異なります。国際的な相続案件で海外の当局などとの連絡や対応が必要になることもあり、複数の国をまたいで対応できる法務や税務に詳しい専門家が求められることも多いのです」

◆資産家一族に特化するPBサービスのプロ集団

 日本ではあまりなじみがないが、富裕層一族が次の世代に資産を承継し永続的に繁栄していくために、より富裕層一族に特化した「ファミリーオフィス」(FO)という形態もある。PBの上をいくサービスを提供し、弁護士や会計士、投資運用責任者など各分野の専門家でファミリーをサポートするチームを組織。さらには親族との人間関係の調整、子供の教育など、非常に幅広い事柄まで取り仕切り、“究極のPB”と呼ばれる。

「一例では1838年にモルガン一族が家族の資産を管理する『モルガン家』を設立したことが記録に残っています。1882年にはロックフェラー家もFOを設立しています。FOは1980年代から増え始め、’17年には’08年の10倍にあたる1万社以上になったと言われています。

 平均資産で見ると、欧州を拠点とするFOが最も多く14億ドル、北米のFOは13億ドル、アジアのFOは9億ドル。’00年代以降、特にアジアの富裕層の間でFOの設立が加速しています。

 富裕層のなかには金融資産に限らず、コレクション性の高い特殊な動産資産を好み、保有することがあります。美術品はその最たる例で、ほかにもクラシックカーや高級ブランドバッグ、ワイン、アンティークコインなど多岐にわたります。

 これらの資産の管理は複雑なうえ、次世代へ承継する際の税負担も比較的大きいため、FOには美術品の承継に詳しかったり、美術品に関わる資金調達を手掛けたりできる専門家までいるところもあります」

◆ポートフォリオの組み方はさまざま

 資産運用ひとつとっても、ポートフォリオの組み方はさまざまで、運用担当者によって異なる。

「世界経済が均等に拡大していくなら、マーケットの時価総額に合わせてポートフォリオを組むという考え方も有効だと思います。これにどんなアセット(資産)クラスを多くするか、成長セクターをどのように加味していくかなどアレンジするのがFOの運用担当者の考え方、腕の見せどころとなります」

 FOでは、プライベートエクイティ投資(未公開株)など、一般では投資対象になりにくい商品も運用に取り入れることがある。

「マカオを中心に統合型リゾート『メルコリゾーツ』などを運営し、“マカオの新カジノ王”と呼ばれる実業家、ローレンス・ホー氏はFO『ブラック・スペード・キャピタル』を持っています。ホー氏のFOは『低金利下でより高いリターンを得ようとSPAC(特別買収目的会社)をテーマにしたポートフォリオを構築している』と昨年に報じられ、市場で話題になりました」

◆相次ぐ「SPAC」の上場

 この数年、米国市場では「SPAC」の上場が相次いでいる。SPACとは自社では事業を営まず、未公開企業や他社の事業を買収することを目的とした会社。SPAC自身が上場して資金調達を行い、買収先を見つけるとその会社を買収し、そこが存続会社となって上場企業とさせる手法だ。

 SPAC自身は事業を持たないためIPOのための審査や手続きを簡素化でき、被買収企業もIPOにかかる時間とコストを節約して上場企業になることができるといったメリットがある。

「香港の著名実業家である李嘉誠(リ・カシン)氏とその息子、李沢楷(リチャード・リー)氏ら大富豪はSPACを支持して、スポンサーにもなっています。李嘉誠氏は香港最大の企業集団・長江実業グループを創設し、360億ドル(4兆6800億円)の資産を保有する香港一の大富豪です」

 ブームとなりつつあるSPAC投資は玉石混交だが、FOはいち早くポートフォリオに加えるだけでなく、SPACに出資もしている。富豪たちの資産を運用し、より高い収益を得ようと常に研鑽しているのがFOの世界なのだ。

取材・文/SA編集室 図版/ミューズグラフィック ※1ドル=130円で計算

【長谷川建一】
国際金融ストラテジスト。シティバンクなどのプライベートバンク部門を経て、’13年に香港で起業。富裕層向けに資産運用サービスを提供するウェルズ・グローバル・アセット・マネジメントCEOを務める。5月28日に著書『世界の富裕層に学ぶ海外投資の教科書』が発売

―[世界の富裕層だけが知っている[プライベートバンク]の実態]―