何かしらの値上げが連日ニュースとして流れてくる。経済が停滞し、物価が上昇し続ける“スダグフレーション”は深刻だ。消費者である我々の生活は当然苦しい。でも、もっと苦しい人たちがいる。「値上げ」という苦渋の選択をした数々の“現場”を直撃した。

◆「入浴料は値上げできない」下町銭湯が抱える苦悩

 原油価格の高騰が、市民の癒やしである銭湯に大きな影響を与えている。東京下町の荒川区にある創業71年の老舗銭湯「梅の湯」。その3代目店主・栗田尚史さん(39歳)は、苦渋の決断で値上げを決めた背景をこう話す。

「銭湯経営で一番負担が大きいのは水道光熱費。ウチはガスでお湯を沸かすので、今年に入ってガス代が例年の1.7倍になったのがかなり痛い。あと、塩素や水質管理に使う薬剤、無料で設置しているシャンプーやボディソープも仕入れ値が2割以上高くなりました」

◆入浴料480円は勝手に変えられない

 しかし、公衆浴場である銭湯は物価統制令に基づき、都道府県ごとに入浴料が決められている。東京都の場合は、入浴料480円を勝手に変えられない。そこで梅の湯は、レンタルタオルセットを100円から150円に、ドリンク類の価格を20〜30円値上げした。

「東京都の公衆浴場対策協議会には毎年、入浴料の値上げを求める意見書を提出してますが、’21年に10円上がったのが5年ぶり。東京都の銭湯には、クリーンエネルギー化を推進するための改修費や、区によって高齢者の入浴補助に関する助成金がある分、地域のために存在するという意義がある。公衆浴場として行政のサポートを受けているけど、入浴料を上げられないツラさもあります」

◆サウナ室は無料

 入浴料とは別にサウナ代のかかる銭湯も多いが、梅の湯の浴場内にあるサウナ室は無料で使える。

「無料ですが、手入れをしたり、マット交換も頻繁にしているので、お客さんからは『お金払わせてよ』って言われるんです。ウチとしては、そこまで燃料費を圧迫していないし、サウナは“おまけ”という感覚で楽しんでもらえれば嬉しい」

◆ブームが去ったときが怖い

 ’16年に梅の湯はリニューアルして、モダンな銭湯に生まれ変わった。親子連れやお年寄りが移動しやすいようにエレベーターを設置し、長居してもらえるように広い休憩所をつくった。「新しいことをやる中でも、まず常連さんを大切にしたい」と栗田さんは言う。

「ありがたいことにコスパのいい銭湯サウナとして注目してもらっていますが、ブームに乗って客層が一気に変わってしまうのは、ブームが去ったときが怖い。銭湯はその地域の住民や特性を理解しながら冷静に経営しないといけない」

◆入浴料以外の収入源も

 とはいえ、入浴料以外の収入源も増やしている。印刷業界に勤めていた栗田さんはその経験を生かし、梅の湯のタオルやバッジなどのオリジナルグッズの販売を行う。

「今も昔ながらの銭湯に行くと、タオルを貸してくれたり、なんでも無料にしちゃう店主も多い。それは昭和の良き銭湯文化でもあり、先細りになる苦しい部分だとも感じます。サービスが値段に反映されていない部分も、適正な価格にもっていくようにしたい。タオルセットや飲料物の値上げ額は何十円だが、年間100万円以上の売り上げ増が見込める。その積み重ねが銭湯経営では大切なんです」

 たかが10円でも、銭湯にとっては大事な10円。その意識が大事な癒やし場所を守ることにも繫がる。

◆<値上げの3大要因>

ガス⇒70%UP
薬剤⇒8%UP
シャンプー・ボディソープ⇒20%UP

【栗田尚史さん】
26歳のときに梅の湯を引き継ぎ、3代目店主に。銭湯で寄席や地域イベントなどを行う。1階には焼き鳥屋「梅京」も併設している

【梅の湯】
東京下町にある地域の社交場として老若男女が集う創業71年の銭湯。東京都荒川区西尾久 営業時間 15:00〜25:00 休:月曜

<取材・文/週刊SPA!編集部>

―[意外な[値上げ現場]の断末魔]―