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◆隣で核保有国が侵略戦争を行っている状況で「軍事抜きの外交」など論外

 我が国の岸田文雄首相は、サミットの後にNATO(北大西洋条約機構)の首脳会議に参加した。選挙中だったにもかかわらず、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だ。

 それはさておき、ウクライナ事変において英米の側に立ちロシアを敵に回した以上、同盟国かつ事実上の参戦国としてNATOの側に立つ姿勢を鮮明にするのは意味があると考える。ただし、隣国の核保有国が侵略戦争を行っている状況で「軍事抜きの外交」を行うなど論外だ。当然、ロシアの報復による電気不足ガス不足にも備えをしているのだろう。岸田外交の中身には、厳重な監視と適切な批判が必要だろう。

◆首相が誰であろうと、イギリスのプーチンへの怨念は深い

 ウクライナ事変は、一進一退の膠着状態だ。ウクライナに肩入れして事実上の当事者と化しているイギリスのジョンソン首相は内政問題で批判が強まり、退陣を余儀なくされた。

 ただ、首相が誰であろうと、イギリスのプーチンへの怨念は深い。プーチンはイギリスに亡命したロシア人を、何人も暗殺している。これはインテリジェンス(つまりスパイ)の世界の仁義に反する。イギリスがこの政変でロシアへの態度を変えるか変えないか、見ものだ。

 またプーチンはインテリジェンス工作のみならず、’08年ジョージア、’14年クリミアと、我が物顔で軍事侵攻。これに欧米諸国は手をこまねいてみていただけだった。おそらく、この時からイギリスは復讐の準備を始めていたのだろう。英米はウクライナに肩入れ、軍事支援を施してきた。英米式の訓練を受けたウクライナは今も強大なロシア相手に善戦している。我々も、あやかるべし。

◆プーチンはウクライナ事変の落としどころをどこにもっていく気か

 そのウクライナ事変だが、既にプーチンの負けが確定した。プーチンがウクライナに侵攻した大義名分は、「NATOの東方拡大阻止」だった。NATOとはアメリカとヨーロッパの軍事同盟のこと。

 親NATOを続けるウクライナを掣肘(せいちゅう)せんと侵攻したら、伝統的に中立政策を採ってきたスウェーデン(瑞典)とフィンランド(芬蘭)がNATOに加盟した。これでは何のためにプーチンはウクライナに侵攻したのか、意味がわからない。落としどころをどこにもっていく気か。

 この瑞芬両国のNATO加盟において最も得をしたのはトルコだと、国際的に評価されている。ロシアの脅威に際し、NATOに入りたいと思うのは人情だ。ただし、NATO加盟は、既に加盟している国の全会一致でなければならない。

 ここでトルコは、「瑞芬両国はトルコに敵対しているクルド人を支援し、トルコを締め出している」と非難した。あからさまな条件闘争だ。結局、瑞芬両国は折れ、トルコの要求を丸呑みした。トルコは他人の弱みに付け込み、獲るべきものを獲った。見上げた外交力だ。ちなみに瑞芬両国も織り込み済み。国際社会とは、このような駆け引きで成り立っている。同盟を結び維持するのは戦をするのと同じ労力を要する。

◆隣国すべてが敵国や紛争地域のトルコ

 しかし、トルコにとって、この程度は朝飯前。我が国が見習うべき国だ。日本の周辺諸国は、敵国と潜在的紛争地域だ。前者は、中国・ロシア・北朝鮮。後者は、韓国と台湾。海の向こうからアメリカが守りに来てくれているので、なんとかなっている。しかし、トルコの環境は、はるかに過酷だ。

 陸続きで隣り合っている国が、ジョージア・アゼルバイジャン・アルメニア・イラン・イラク・シリア・ギリシャ・ブルガリア。そのすべてが敵国か紛争地域である。

 ジョージアとアゼルバイジャンは、ロシアへの盾である。これらの国とは唇と歯の関係にある。この両国の安全保障はトルコにとって死活問題だ。だが、ジョージアはロシアに国土の一部を占領され、慢性的紛争状態にある。トルコにとっても緊張状態が日常ということだ。

 トルコとアゼルバイジャンを仇敵視するのが、アルメニアだ。この国はオスマン帝国時代の歴史問題を持ち出し、常にアメリカを巻きこんでトルコを非難させる。だから今次ウクライナ事変の前にトルコはアゼルバイジャンを使嗾(しそう)してアルメニアを叩かせた。トルコはアルメニア対策で、アゼルバイジャンの軍部を徹底的に取り込んでいる。

 アゼルバイジャンの向こうには、カスピ海を挟んで、イランがいる。イランとロシアは資源豊富なカスピ海の利権をめぐり、くっついたり離れたりを繰り返している。アゼルバイジャンの後ろ盾のトルコも、無関心ではいられない。

◆国益を主張する好機をトルコは見逃さない

 イランと言えば、中東問題。トルコは、イラクやシリアのような紛争地域とも隣接。国境をまたぐ山岳地域にクルド人が住み着き、トルコへの抵抗活動を繰り返している。トルコは中東問題に直接介入しないが、イスラエルやヨルダンのような比較的話が通じる国とは友好関係を樹立。情報は確保、いつでも介入できる準備だけはしている。いわば「ノータッチのタッチ」だ。

 ただし、今回の瑞芬両国のNATO加盟のような好機があれば、遠慮なく国益を主張する。

 NATOで同盟国のはずのギリシャとは、キプロス紛争を抱える。NATOで唯一のイスラム教国のトルコに対し、正教国のギリシャはことあるごとに親露反土の姿勢を示し、そのたびに米欧は「喧嘩トルコ成敗」の如き態度を示してきた。

 比較すれば揉め事の要因が無いのが、ブルガリアだ。もっとも過去にはトルコとこの国は何度もバルカン紛争を引き起こしている。現在のブルガリアも、汚職と失業が蔓延る経済後進国なので、不安定要因には違いないが。

◆日本の置かれた国際環境など、トルコに比べれば余裕綽々だ

 こうしたトルコ周辺国に、ロシアとその後ろ盾の中国が影響力を強めた。中露両国はここであげた小国だけでなく、フランス・ドイツ・イタリアのような欧州の大国にも、資源とマネーを注ぎ込み依存させようとしていた。その効果は覿面(てきめん)、英米がウクライナ支援に前のめりなのに対し、仏独伊は引き気味だ。トルコもまた然り。周辺諸国が中露に靡(なび)く以上、正面切って逆らえない。だからこそ、あらゆる局面で自己主張を行い、今次ウクライナ事変でも仲介国に名乗りをあげる。

 日本の置かれた国際環境など、トルコに比べれば余裕綽々だ。国際社会で生き残るには、知力財力武力の総合。しかし基本は軍事力だ。

 では、どれくらい軍事力を持てばいいか。合格最高点を決めるのは自分だが、合格最低点を決めるのは敵国だ。日本人の自覚や如何に。

【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。著書にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』のほか、『嘘だらけの池田勇人』を発売

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