◆ウクライナのために戦う「独立派チェチェン人」

 ロシア軍のミサイルやドローンによる攻撃が続く最中の10月18日、ウクライナ最高会議(国会)は、チェチェン共和国イチケリアの主権を認める声明を採択した(賛成287、反対0、無投票64)。

 これは、歴史的意義のある決定だ。
 
 チェチェンはロシア連邦に属する共和国で、人口は約150万人、岩手県ほどの面積しかない。その小さな共和国の主権を認めること、つまり「ロシアから独立した国」としてウクライナ国会が認めることに、なぜ歴史的意義があるのか。

 ウクライナ戦争に関心の高い人は、「チェチェン」と聞けばプーチン大統領の傀儡のカドゥイーロフ首長が国内で独裁を振るい、その私兵をロシア軍の一員としてウクライナに侵略に参加させ、ウクライナ人を攻撃し狼藉を働いていることを思い浮かべるだろう。

 それは事実なのだが、実は「もう一つのチェチェン」が存在するのだ。「もう一つの」というよりは「本来のチェチェン」が存在する。それは、ロシアの支配に屈せず、弾圧を受けてヨーロッパなどに亡命した独立派チェチェン人たちである。

 彼らは、2014年にロシアがクリミアを一方的に併合し、ウクライナ東部を侵略したときからウクライナ入りして、ウクライナのためにロシアと戦っている。そして、2月の全面侵攻以降は、その数を増している。

◆チェチェンに侵攻し、「大虐殺」を行ったロシア

 そもそもチェチェン人はロシア人とはまったく違う民族で、言語も文化も宗教(イスラム教)も風習も違う。16世紀末ごろから拡大をはかるロシア帝国との戦いが始まり、結局1860年代にはロシア帝国に武力併合された。

 その後、何度もチェチェン人は独立のために立ち上がり、そのたびに武力でつぶされてきた。直近では、第一次チェチェン戦争(1994年12月〜1996年8月)第二次チェチェン戦争(1999年9月〜2009年4月)があり、約20万人が犠牲になった。戦争直前のチェチェンは人口100万人強だったから、「大虐殺」としか表現できない状況であった。

 ソ連崩壊後に大混乱をきたしたロシア連邦は、およそ3年の間はKGB(国家保安委員会、後身機関はFSB)の暗殺や諜報活動も停滞し、対外膨張の動きがとどまっていた。
 
 一転して大ロシア主義の再拡大に向けて動き出したのが1994年12月のチェチェン侵攻である。それ以降、大ロシア主義の拡大がつづき、プーチンによる第二次チェチェン戦争は、ウクライナ全面侵攻につづく暴走の起点と言わなければならない。ロシア軍は、チェチェンで犯した残虐行為をそのままウクライナで実施している。

◆かつてはウクライナ人がチェチェンのために戦っていた

 そして今、“ロシア帝国”に屈服したカドゥイーロフ派がチェチェン共和国で独裁権力を握り、恐怖政治を続けている。その“親分”のプーチン大統領と“子分”のカドゥイーロフ首長が連携してウクライナを攻撃。それに対して、ウクライナとチェチェン軍(チェチェン独立派軍事勢力)がウクライナ戦争で対決する構図になっている。

 かつてロシア軍がチェチェンに侵攻して住民を大虐殺していたころ、多くのウクライナ人はチェチェンを助けるために義勇兵としてロシア軍と戦っていた。1995年初頭に撮影されたと考えられるYouTube動画では、チェチェン兵とともに戦うウクライナ義勇兵は、こう明言していた。

「チェチェンのために戦うのは、ウクライナを守ることである」

 そして27年後の今、「ウクライナのために戦うのは、チェチェンを守ることである」と明言して、チェチェン人義勇兵たちがウクライナのために戦っているのだ。

 このように、チェチェンを通した視点で見ると、ウクライナ戦争の違う側面が見えてくる。

◆チェチェン独立派亡命政府とウクライナが協定を結んだ

 昨年夏、プーチン大統領は、「ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人は三位一体のロシア民族だから一体となるなるべきだ」などと主張する論文を発表した。要は兄弟民族ということだが、この論でいけばいま兄弟殺しをしていることになる。

「兄弟民族」と言うのなら、ロシアによって大規模な虐殺を受けたにも関わらず、屈せずに抵抗しているウクライナ人とチェチェン人のほうが、むしろ「兄弟」といえるのではないか。しかも、両民族のロシアへの抵抗は今に始まったことでなく、過去数百年にわたって断続的に続いている。

 特に今年7月末、チェチェン・イチケリア共和国(独立派亡命政府)のアフメド・ザカーエフ首相とウクライナ軍との間で協定文書が調印されたことが重要だ。その内容は、ウクライナのために戦っているチェチェン人部隊を外国人部隊としてウクライナ軍に組み入れるというものだ。

 なお「イチケリア」とは山岳・高地を意味する。国際選挙監視団のもと選挙で選ばれた独立派政府は、国名を「チェチェン・イチケリ共和国」と定めている。

◆現在のチェチェン共和国は、ロシアにより一時的な占領状態にある

 この協定を受けて行われた8月4日の記者会見では、亡命政府のザカーエフ首相が意気込みを語っている。

「いまウクライナで起きていること、ウクライナの人々が体験していることを、チェチェン人ほど理解している民族は世界にいないと思う。今回ロシア軍が全面侵攻した2日後の2月26日、ブリュッセルにおいてヨーロッパ中のチェチェン人からなる軍事組織をつくってウクライナに派遣すると決定した。

 その2日後、ゼレンスキー大統領は外国人義勇兵を正式に受け入れると表明し、われわれの活動が合法的なものになった」(趣旨)

 ロシアがチェチェンに対して行った集団殺戮の事実を見れば、今現在殺戮を受けているウクライナについて深い共感を示すザカーエフ首相の言もうなずける。それだけに、ロシアと一体化してウクライナ侵略に参加する、カドゥイーロフ首長の私兵たちの頭と心の中を知りたくなる。

 ともあれ、チェチェン部隊を正式に認めたのに続いて、10月18日のウクライナ最高会議では「チェチェン・イチケリアの主権を認める声明」が採択されたのである。

 この声明は、独立したチェチェンの主権を確認し、ロシアによるチェチェン人大量虐殺を批判し、「現在のチェチェン共和国は、ロシアにより一時的な占領状態にある」と位置づけている。

 実際、1991年にチェチェン共和国が主権宣言して以降、ソ連崩壊後のロシア連邦条約署名を拒否し、またチェチェン戦争においても降伏文書のたぐいは一切ない。独立状態のチェチェンをロシアが占領している状況だと言えるだろう。

◆チェチェンを皮切りに、ロシア国内の少数民族地域で分離独立運動!?

 ウクライナ高会議によるチェチェンの主権確認が「歴史的」だと冒頭で述べたのは、過去から現在までの両民族による抵抗の歴史を踏まえたものだが、さらには近未来を示唆しているともいえる。

 最高会議がチェチェンの主権を確認した日、ウクライナ国防省のキリロ・ブダーノフ情報総局長は、「(ウクライナでの)戦争が終結すれば、一部の地域がロシアから分離するだろう」と指摘し、それはコーカサス地方から始まると述べた。

 ロシア連邦南部の「コーカサス地方」と広い地域を指しているものの、そこに位置するチェチェンを意識していることは間違いない。

 今回の議会での決定は、正式な国家承認のように公使館を開設するようなものではないが、チェチェンの独立を認めたも同然だ。

 ウクライナ状勢次第(特にロシアの敗北)では、ロシア連邦の崩壊と混乱が起きる可能性がある。チェチェン分離独立の再燃が、その起爆剤になる可能性があるのだ。そして、それがモスクワの権力に反感を持つ多くの少数民族地域に飛び火することも十分に考えられる。

 10年、20年後に振り返ってみた時、今回のウクライナ最高議会の採択が歴史のターニングポイントになるかもしれない。

文/林克明

【林克明】
ノンフィクション・ライター。週刊誌記者を経てフリーに。ロシア・チェチェン戦争を16回現地取材し『ロシア・チェチェン戦争の628日〜ウクライナ侵攻の原点に迫る』(清談社パブリコ・第3回小学館ノンフィクション賞優秀賞作品の増補改訂版)を上梓。ほかに『増補版プーチン政権の闇』(高文研)、『不当逮捕〜築地警察交通取締まりの罠』(同時代社)など