’14年、都知事不在の「空白の48日」に汚職の青写真は完成した。高橋治之元組織委理事はすでに4回逮捕されたが、それは捜査の踏み台にすぎない。特捜の次のターゲットは誰なのか? ジャーナリスト・上杉隆が真相に迫る。

◆次なるターゲットはJOC前会長の竹田恒和氏?

「次の区切りは高橋(治之元五輪組織委理事)の5回目の逮捕。ルート(事件)はパーク24で立てて、ここで2人目の『的』を捕ることになる。『旧』がつくとはいえ相手は皇族出身なので、相当な覚悟をもって臨まないといけない……」

 こう語るのは検察内部の情報提供者の一人だ。

 当連載は国際ジャーナリズムのルールに従って、原則ソースを明らかにした実名コメントしか使用しない。だが、現在進行中の捜査を妨害しないよう、検察などの捜査関係者のコメントに限っては匿名にする必要がある。

 今後、捜査が終わり、情報源の了解が得られた場合は明らかにするつもりだが、どうやら特捜は「森」に到達する前に「竹」林を刈り取る筋書きで捜査を進めているとみて間違いない。この数か月のあいだ取材を進めるなかで、特捜の次なるターゲットがJOC(日本オリンピック委員会)前会長の竹田恒和氏であることがはっきりしてきたからだ。

 竹田氏といえば、五輪招致を巡る贈賄容疑でフランス検察当局の捜査対象となり、JOCの会長職を追われた人物だ。今回の五輪汚職で特捜が家宅捜査に踏み切った五輪オフィシャルサポーター企業、駐車場サービス大手パーク24の社外取締役を務めていたが、10月26日に突如辞任している。

◆なぜ、特捜は竹田氏を狙っているのか?

 なぜ、特捜は竹田氏を狙っているのか? それを語るには少し紙幅が必要だろう。

 竹田氏はGHQ占領下の’47年10月に皇籍離脱した旧11宮家の一つ、竹田宮恒徳王の三男として生まれた。そうはいっても、恒徳王が皇族の身分を離れたあとに誕生した竹田氏だけが、5人兄弟姉妹のなかで、唯一「王」の称号を持たない旧皇族になる。

 そのため、学び舎は学習院ではなく、幼稚舎から大学まで慶應義塾。いわゆる、生粋の「慶應ボーイ」として育った。当連載の後半で詳述するが、一連の五輪汚職の中心人物として逮捕勾留中の元組織委理事の高橋治之容疑者は、慶應高校時代に竹田氏の次兄・恒治氏と同級で、竹田氏から見ると3学年上の先輩にあたる。

◆バッハから「竹田と高橋の関係は大丈夫か?」

 JOC国際業務部参事などの要職を歴任した五輪アナリストの春日良一氏が話す。

「実は、IOC(国際オリンピック委員会)のバッハ会長は東京2020の組織委が発足した’14年の段階から竹田氏の人物像について懸念していました。同年6月、私と一緒にいた友人のIOC委員に、バッハが直接国際電話をかけてきて、『竹田と高橋の関係は大丈夫か?』と確認していたことからも明らかです。ちょうど高橋氏が35人目の理事として組織委入りした直後のタイミングで、高橋氏と深い関係にあった竹田氏がJOCの会長職に就いていることに、バッハが重大な関心を寄せていたのは間違いない」

 バッハの不安は的中する。同年、国際陸連会長でIOC委員でもあったラミン・ディアク氏がロシアの組織的ドーピングを隠蔽する見返りに賄賂を受け取っていたとして一大スキャンダルに発展したが、この捜査の過程で新たな疑惑が急浮上したのだ。

 それが、東京五輪招致を巡って高橋が主導したとされる強引なロビー活動だった。ラミン氏の息子、パパマッサタ・ディアク氏と関係が深いとされるシンガポールの会社に「コンサルタント料」の名目で支払った約2億3000万円の賄賂性が問われフランス検察当局も動いたが、’16年9月、JOCの調査チームは「違法性はなく、倫理規定にも違反しない」とする報告書を公表。五輪開催という一大国家プロジェクトに支障をきたすと考えたからか、身内の恥をもみ消すがごとく早々に事態の収拾を図った。

◆西武鉄道グループの元オーナーの後押しでJOC会長に

 竹田氏のスポーツとの関わりは、陸軍の騎兵将校で日本馬術連盟の会長も務めていた父・恒徳王の影響が大きかったようだ。実際、竹田氏は小学5年から馬に慣れ親しみ、’72年のミュンヘン五輪と’76年のモントリオール五輪に日本代表選手として出場。

 その後、慶應大学馬術部の監督となり、’91年にはJOC理事に就任。その翌年は馬術の日本代表監督としてバルセロナ五輪に派遣されている。

 JOCの会長まで上り詰めたのは’01年。初代会長を務めた西武鉄道グループの元オーナー・堤義明氏の強い後押しがあったと言われている。西武グループのホテルリゾートブランド「プリンスホテル」の屋号が、皇籍離脱後、経済的に困窮していた旧皇族の土地を買い取り、建てられたことに由来しているのを知っている読者も少なくないだろう。都心の広大な敷地に佇む旧竹田宮邸も、高輪プリンスホテルへと姿を変えた。

◆竹田JOC会長就任で報酬年1500万円に

 だが、ほかの旧宮家と同様に、竹田氏の台所事情は火の車のままだったようだ。前出の春日氏が続ける。

「’01年のJOC会長人事で竹田氏の就任が決まりますが、彼には経済的な援助が必要だった。そこで、会長就任の条件に、それまで無報酬だった会長職を年1500万円の有給制に変えることになる。これを実現すべく、各所に働きかけて回ったのが高橋容疑者でした。

 そもそもJOC会長は名誉職なので無給が当然。だから、経済的に余裕のある人格者が代々の会長を務めてきました。実際、日本スポーツ協会(旧日本体育協会)の会長は現在も無報酬のボランティアですし、JOCの決定は当時のスポーツ界で大騒ぎになったほどでした。こうした不文律を破ってまで、竹田会長時代から年1500万円の有給制に変わり、今に至っている」

◆高橋容疑者のステータスを高める絶好の道具に

 竹田JOC会長の誕生は、高橋容疑者にとって自らのステータスを高める絶好の道具となったようだ。その後、高橋はスポーツ界のビッグイベントを仕掛ける辣腕プロモーターとして「日本のスポーツビジネスを変えた男」と称賛されるまでになる。

「“サッカーの王様”ペレの引退試合やボクシング世界ヘビー級王者マイク・タイソンのタイトルマッチなど、高橋氏は世界的スポーツイベントを開催したと言われているが、陣頭指揮をとっていたのは電通の服部庸一氏で、’90年代まで高橋氏の名など聞いたこともありません。

 彼がスポーツビジネスの表舞台に初めて登場したのは、竹田氏がJOC会長に就任した’01年以降のこと。その後、高橋氏は電通にはJOC会長との人脈を喧伝することで出世の階段を駆け上り、JOCに対しては昇進した地位をテコに強引に仕事を推し進めるようになっていく」(春日氏)

 10月18日、高橋容疑者は五輪公式マスコットのぬいぐるみを製造・販売したサン・アロー社から800万円の賄賂を受領したとして逮捕された。これで逮捕は4回目となるが、その賄賂はJOC会長を退いた竹田氏の慰労会名目で集められたものだと検察はみている。

 果たして、司直の手はどこまで伸びるのか……? 高橋の勾留期限が切れる週刊SPA!発売週に注目が集まる。

―[五輪汚職「森ルート」を暴く!]―