―[言論ストロングスタイル]―

◆「黒田をクビにしろ」など、日本を滅ぼしたいのか

 相変わらず間違った言論が蔓延っている。「円安でモノの値段が上がるのに給料が上がらない! 今すぐ黒田をクビにしろ!」などと、怨嗟の声が広がる。

 本欄では、何度も「黒田東彦日銀総裁の後任は、正しい経済政策をわかっている若田部昌澄副総裁の昇格以外にありえない。黒田総裁の今の政策は正しく、デフレ脱却まで続けるべきだ」と言い続けてきた。

 長い長いデフレに苦しむ日本が、黒田日銀の金融緩和政策により、消費増税によるブレーキのような紆余曲折はあったが、ようやく不況脱出の兆しが見えてきた。それを、この瞬間にやめてしまえと絶叫する。そいつらは、日本を滅ぼしたいのか。

◆金融緩和を今やめれば、永遠の生き地獄だ

 金融緩和の目的は、円安誘導、物価上昇だ。物価が上がらないと、売り上げも伸びないので、給料が上がらないからだ。

 普通の生活苦を思い出せばいい。給料が上がる前に物価が上がるので、生活が苦しい。これがインフレ不況だ。インフレ不況は少し我慢すれば景気が良くなる。それに対し、デフレ不況は、いつまでたってもモノの値段が上がらないので、売り上げも伸びず、給料も上がらない。そして値下げをしないと売れないので、ますます給料が上がらない。永遠の生き地獄だ。

 さて、デフレに戻りたいか?

◆問題は黒田日銀総裁ではなく、政府

 黒田日銀は、これ以上ないほどよくやっている。問題は政府だ。ここでコロナ規制撤廃と減税、特に消費減税をぶち込めば景気は爆上げだ。これをやれば岸田文雄内閣は間違いなく長期政権となろう。ところが、減税と規制緩和だけはやらせたくない勢力に、羽交い締めにされている。

 来年4月に正副日銀総裁が交代、年内には山場を迎えるが、ここで間違うと岸田内閣は短命、下手すれば自民党も政権失陥だ。岸田内閣や自民党がどうなろうと知ったことではないが、国民が地獄に落とされてはたまったものではない。謬説を無視、正しい経済政策を、岸田政権が採る。さもなくば、まともな野党がとって代わってくれる。これが健全な立憲政治だ。

 謬説をまき散らす者の中には、立憲政治の本場のイギリスで、リズ・トラス前首相が「減税と規制緩和」を掲げて史上最短の政権として放逐されたことで、「増税と規制強化の勝利」を絶叫する輩もいる。これが大メディアだから困り者だが……。

◆イギリスの失敗を日本に当てはめるなど、算数ができないのか?

 日本はようやく2%のインフレ率を超えるか超えないかのデフレに苦しんでいる。今こそ減税と規制緩和の出番だ。民の活力を高めて景気を刺激する時だ。一方のイギリスは、10%の物価上昇に苦しんでいた。行き過ぎた経済を引き締める時で、インフレファイターの出番だ。そんな時に減税と規制緩和でカンフル剤を打つべきではないに決まっている。

 トラスが問題なのは、インフレ時にインフレ政策をしようとしたことで、破綻するに決まっている。2%と10%。数字が違うのだから、イギリスの失敗を日本にそのまま持ち込むなど、算数ができないのかとしか言いようがない。

 関係が無い話でも結び付けて、増税と規制強化で民の活力を奪おうとする者たち。恐るべし。金融緩和に反対している連中の理屈など、この程度だ。

◆イギリスにも問題はあるのだが、日本よりマシ

 それはそうと、政策の誤りがあれば政権交代が起きるイギリスは、羨ましい。日本など、政権与党の首相が何度間違えても、「他に代わる人がいない」という理由だけで、死に体の政権が続く。

 ただ、イギリスにも問題はあるのだが、日本よりマシだ。国柄も似ているので、学ぶことが多い。

 まず、トラス後任のリシ・スナク現首相まで、6年間で5人の首相を与党保守党が輩出した(数え方によっては12年間で6人だが)。これに対して野党第一党の労働党は「即座に解散総選挙を」と求めている。「保守党は政権担当能力を喪失したのだから、政権に居座りたければ民意を問え」との理屈だ。

◆スナクも「麻生の道」を歩みかねない

 だが、保守党はこんな時期に総選挙をやれば負けるに決まっているので、粘れるだけ粘る気満々だ。態勢を回復して人気が出た時に解散総選挙を打つ。衆議院の任期は2年あるのだから、その間になんとかすればいい、と考えているようだ。

 まるで日本の自民党だ。’08年、時の麻生太郎自民党内閣は、劣勢のまま解散総選挙の機を失し、1年後の任期満了選挙で大敗、下野に追い込まれた。もっとも、その民主党が自民党以上に無能だったので、国民には政権交代恐怖症が染みついてしまったが。このままいくと、スナクも「麻生の道」を歩みかねない。

 だが、日本では1955年以降、自民党は二回しか政権失陥していないし、すぐに奪還した。

◆労働党を政権担当可能な政党に改革したブレア

 実は、イギリス保守党も日本の自民党のように強い政党だ。19世紀に結党されてから、20世紀まで、すべての党首が総理大臣に就いている。この間、党首の総理大臣就任率100%。日本の自民党より高い。

 イギリスの優れたところは、こんな強い保守党に対し、対抗する野党第一党が存在することだ。最近でも労働党は、18年の野党暮らしに耐えた末に政権奪取、13年の長期政権を築いた。保守党は党首が首相になれない、冬の時代に追いやられた。

 この立役者はトニー・ブレア。マーガレット・サッチャーとジョン・メージャーの保守党長期政権の前に、「負け犬左翼」の集まりと化していた労働党を改革。党を近代化した上で、政権担当可能な政党に生まれ変わらせた。ブレア時代の労働党は「保守党より保守的」と言われ、安全保障政策では、右寄りが心配されたほどだった。

 ブレア改革には専門家からは多くの批判があるが、「負け犬左翼政党」を「政権担当可能な政党」に生まれ変わらせた点は、日本人として羨ましがらざるを得ない。

◆イギリス憲政には必ず選挙民に二つ以上の選択肢がある

 イギリス憲政は三百年の年輪を刻む。多くの失敗を繰り返しながら権勢を発展させた。成功しては失敗、また立て直し、の繰り返しだ。その長いイギリス憲政において、政権交代が起きる条件がある。経済失政を犯した政権は、退場させられる、だ。

 そして、イギリス憲政は、政治の決着は総選挙でつける。必ず選挙民には二つ以上の選択肢がある。

 スナクが麻生太郎のように見苦しく居座ろうとも、結果を出せなければ放逐される。

 そういうことが必ず起きる。バラ色ではないが、学ぶべき国だ。

【倉山 満】
’73年、香川県生まれ。憲政史研究者。救国シンクタンク理事長兼所長。中央大学文学部史学科を卒業後、同大学院博士前期課程修了。在学中より国士舘大学日本政教研究所非常勤職員を務め、’15年まで日本国憲法を教える。ネット放送局「チャンネルくらら」などを主宰し、「倉山塾」では塾長として、大日本帝国憲法や日本近現代史、政治外交についてなど幅広く学びの場を提供している。主著にベストセラーになった『嘘だらけシリーズ』や、『13歳からの「くにまもり」』を代表とする保守五部作(すべて扶桑社刊)などがある。『沈鬱の平成政治史』が発売中

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