日本最大の総合重工業メーカー三菱重工業は2023年2月7日、民間航空機製造を行う開発子会社として設立した三菱航空機での三菱スペースジェット(MSJ)事業を中止すると発表した。戦後、日本初となる民間航空機YS-11の初飛行から60年以上が経過し、次なる航空機の開発を夢見たが、実現はできなかった。
2008年に三菱航空機が設立されて15年、三菱重工は苦渋の決断を下した。この期間で約500億円とも言われる公金を含む累計1兆円の巨費を投じた国や三菱重工を批判するメディアも多い。しかし、機体を5機製造し、アメリカでの飛行試験を続けたことを評価しつつ、製品にできなかった理由を探ると前向きな道も見えてきた。
◆三菱重工は失敗の理由4つを挙げたが
三菱重工の示した開発中止の説明書には4つの理由が書かれていた(以下、説明原文ママ)。
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1.技術面 開発長期化により一部見直し要。脱炭素対応等も必要。
2.製品面 海外パートナーより必要な協力の確保が困難と判断。
3.顧客面 北米でのスコープクローズが進まず、M90では市場に合致しない。
(筆者注:M90=90人乗り仕様)
4.資金面 型式証明(TC)の取得にはさらに巨額な資金を要し、事業性が見いだせない。
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◆技術面、製品面でなぜ失敗したのか?
MSJの開発から進捗を追い、海外まで取材に行った筆者が、なぜ開発中止に至ったのかそれぞれ順を追って解説してみたい。
【1.技術面 開発長期化により一部見直し要。脱炭素対応等も必要】
プラット・アンド・ホイットニーのGTFエンジンの装着で他のどの航空機よりも燃費性能や環境性能が良いことで、当初他社機との優位性が高かったものの、開発延期により性能が陳腐になったばかりでなく、時代の流れで航空機に求められるものとしてさらなる環境性能が必要であることがわかったということだ。これは自己責任という他にはない。
【2.製品面 海外パートナーより必要な協力の確保が困難と判断】
ボンバルディア社のリージョナルジェット機シリーズのCRJ事業を買収したにもかかわらず必要な知見を得ることができなかったということと思える。これでは、開発できなかったのはボンバルディアに責任転嫁したといっても差し支えないだろう。
◆顧客面、資金面での失敗の理由を読み解く
【3.顧客面 北米でのスコープクローズが進まず、M90では市場に合致しない】
販売戦略は北米ありきではないだろう。欧州、アジアだけでなくリージョナル機(座席数が100席未満の小型ジェット旅客機)のマーケットは世界に広がるので、これでは理由が弱い。
【4.資金面 型式証明(TC)の取得にはさらに巨額な資金を要し、事業性が見いだせない】
航空機の型式証明を発行するのは国土交通省航空局という国家機関だ。経済界を後押しする経済産業省と国土交通省の足並みが揃わないでは済まされない。国家事業としての日本の威信を示す事業として政府のさらなる支援が必要であった。
このように、三菱側の開発中止の理由を読むと、周辺環境が変わったことで進捗できなかった、という責任転嫁が目に付く。三菱が製造環境の変化に即応し、適切な対応を迅速に取っていれば解決していた内容である。
◆なぜ型式証明(TC)の取得に至らなかったか
航空局だけでなく、航空先進国の米国FAAや欧州EASAによるTCの取得ができなかったことは日本政府の責任によるところが大きい。
世界第2位の売上高を誇るヨーロッパの航空会社エアバスの公表する事例で見ると、エアバスA350-900型機の開発時には5機の航空機で2,600時間の試験飛行時間でTCは取得できている。MSJはアメリカのモーゼスレイクで3900時間の試験飛行を行っている。エアバス機の1.5倍の時間を掛けてもTCが取れないというのはどこかに問題があると思える。
日本の航空局の試験官は、優秀な人間で構成されているとはいえ、YS-11以降の空白の年月があるとどうしても慎重にならざるを得ない。それがTC認可をためらうことになってはいなかったか。また、認可を受ける側の三菱もあまりの指摘の多さに対応しきれていなかったと思える。双方に知見の高さがあれば、また違った展開になっていたように思える。
FAAは自国の製造業を護るために、他国のTCをあえて厳しくしているという報道も見受けられるが、それはないだろう。欧州エアバス、ブラジルのエンブラエルなども性能がレベルに達しているので認可は下りている。
MSJ(当時MRJ)は世界に向けて2018年にはイギリスのファーンボロエアショー会場にてANAのカラーリングをまとい、飛行展示で会場を沸かせたこともあるのだ。筆者はこの目でその様子を確かめている。美しいフォルムの機体による華麗なる飛行展示で、風を切る翼の静粛性を全身で感じたのだ。この時に、商用化後のこの機体に乗りたいと思ったものだ。
◆中国はすでに同クラスや大型機を量産
ここで同時期に製造会社を設立した中国での航空機開発状況を検証してみよう。三菱航空機と同年に設立されたCOMAC(中国商用飛機有限責任公司)は、スペースジェットと同クラスのリージョナルジェット機ARJ21の中国民用航空局のTCを2014年に取得。
2017年より量産し、すでに中国系エアラインに引き渡している。さらに大型のボーイング737、エアバスA320クラスのC919をも量産し、中国のエアラインに引き渡し済である。今後、CR929は長距離ワイドボディ機として開発が進む予定だ。
順調に受注を得ているCOMACであるが、実は中国国内向けの製品であることが良くわかる。TCは中国民用航空局からしか取得できていないし、今までの納入は中国国内エアライン向けのみであった。それでも2022年12月に初の海外納入としてARJ21をインドネシアのTrans Nusa Aviationに引き渡す実績を作った。
開発中止になるまでMSJは、中国の航空機製造産業でも成しえていなかった海外受注を2016年早々にも確定できていたわけであり、量産への足掛かりはできていたことを思うと残念でならない。
◆日本は航空の経験は持っている
日本の経験値が少なかった事は事実だが、第二次世界大戦前は日本の航空力は世界レベルであったと言ってもいい。ゼロ戦の性能の高さは相手国が証明したし、航空機エンジンにしても中島航空機が「栄」「誉」と言った高性能機を世に送り出した。
航空機を製造できるノウハウは、三菱重工だけでなく川崎重工、SUBARU(富士重工)、新明和工業、エンジンであればIHIなどそうそうたる企業が名を連ねる。戦後、アメリカに航空政策を止められた期間があったのは事実だが、それで日本の航空技術が繫栄しなかったという論調は間違いだ。残念ながら経験を上手く活かせなかったと思われる。
◆三菱重工が進むべき将来展開は
今後、MSJの製造が再開されることはない。しかし、三菱重工にはMHIRJという会社がある。開発中止の説明書の解説でも触れた2020年6月にボンバルディア航空機のCRJ事業を買収してできた会社だ。カナダ・モントリオールに本社があり、CEOに日本人の山本博章氏を置いている。
CRJ事業を引き継いだだけとはいえ、執筆時(2023年3月)でも125社のエアラインで1,300機を超える機体は飛んでいる。50人乗りのCRJ550から700、900型に加え、最大104人乗りのCRJ1000型機まで4つのラインアップがある。これは三菱重工の資産なのだ。これを活かさない手はない。製造ラインを再開し、既存機を母体に新CRJを開発すればいいのだ。
これはボンバルディアのひとつ大きなカテゴリー100席クラスの新型機CS100、CS300事業を買収したエアバス社が2018年にA220-100、A220-300として製品シリーズに組み込んだことからも前例はある。
◆日本の翼の誕生を待ち望む人は多い
前述したMSJ開発中止の説明書にも今後の取り組みとして「CRJ事業での完成機事業への取り組み」とはっきり明示されている。これを維持・管理・発展させていくことは立派な完成機事業となる。
純粋な国産機ではないものの、CRJ900は90席クラスの機体でまさにMSJのモデルM90であり、新規開発するにしてもテストフライト時間はエアバスを例に取れば既存機の6割の時間で済む。そろそろCRJと呼ぶのは止めてMHIRJや、それこそMRJと呼んでも差し支えないと思う。それこそ日加共同事業になるのではないか。
現在、国内でCRJの保有状況は、IBEXエアラインズがCRJ700の10機のみとなった。同社のホームページにはいまだにカナダのボンバルディア社製の航空機と説明されている。「弊社は技術力の高い三菱重工の航空機を使用しています」と言える土壌を作っていかなくてはならない。
読者は、冒頭で紹介した戦後初の国産旅客機YS-11を知らない世代が多いと思う。しかしながら筆者を含め今回のニュースを受けて、日本の翼の誕生を待ち望んでいる人は多いはずだ。将来にわたって部品屋で終わるのか、完成機事業を手にするのか、三菱重工の今後の動向に期待したい。
<TEXT/北島幸司(航空ジャーナリスト)>
【北島幸司】
航空会社勤務歴を活かし、雑誌やWEBメディアで航空や旅に関する連載コラムを執筆する航空ジャーナリスト。YouTube チャンネル「そらオヤジ組」のほか、ブログ「あびあんうぃんぐ」も更新中。大阪府出身で航空ジャーナリスト協会に所属する。Facebook avian.wing instagram@kitajimaavianwing