これから新入社員が入社、新卒採用シーズンを迎えるなかで近年、企業のコンプラ意識の高まりなどを背景に注目を集めているSNSの「裏アカ」調査。特に直近の外食産業を中心に大きな波紋を呼んでいる“迷惑動画”の件もあり、人材を採用する企業側も採用候補者の人間性やネットリテラシーについて、よりセンシティブにならざるを得ない状況だ。
 企業やブランドの信用を毀損させたり、機密情報を漏洩してしまったり……。SNSにはリスクも伴うなかで“コンプラ遵守”が以前にも増して求められている。ガラス張りの時代とも言われるSNS全盛の採用活動において、人事担当が「採用候補者の裏アカを把握し、事前に素性を掴んでおく」ことの重要性が高まっているのだ。

 裏アカウント特定サービス「Sトク」を運営する株式会社 企業調査センターの角田博さんに、裏アカ調査での実例エピソードや現地での聞き込み調査について話を伺った。

◆IT企業は「裏アカ調査」で採用候補者のネットリテラシーを重要視

 企業における裏アカ調査の需要が高まり、企業も人材採用に慎重にならざるを得ない状況になっているのは、日本特有の「雇用者を守る」ための法律や慣習の影響が大きいという。

「前提として日本の企業は、一度採用したら基本的に退職の申し出や著しい問題が浮上しない限り、雇用を守り続けます。もし入社後に、周りの従業員に悪影響を与えるような性格だったり、過去の犯罪歴が見つかったりした場合でも、そう簡単には辞めさせられないように法律上ではなっているんです。

 そういうのを未然に防ぐ意味でも、裏アカの投稿内容から、採用候補者の内面に見え隠れする素顔を知っておきたいというニーズが高まっていて、Sトクを活用いただく企業が増えているんですね」(角田さん、以下同)

 年間で約6,000件の依頼があるというSトクだが、とりわけ多い業界がIT関連の企業だと角田さんは話す。

「事業としてネットリテラシーが重要視される業種でもあるので、採用候補者の人柄やカルチャーフィットしているかどうかを見ておきたいというニーズから、IT系の企業からオファーいただくケースが多い状況です」

◆過去の裏アカ調査で見つかった衝撃の投稿

 そんななか、採用前にSNSチェックを行う段階で、過去の調査では衝撃的な投稿が見つかったケースもあるという。

「一部を紹介すると、ストレスを多く抱え、メンタルが病んでいる人の投稿は衝撃的でした。リストカットの投稿が何度も繰り返され、なかには自殺を図ろうとドアにロープを垂らした画像を投稿している人もいました。

 また、これは新卒採用ではありませんが、学校の教師が『エロアカ』を持っていることが、調べていくとわかったこともあります。過去の問題発言や犯罪を犯した事実などが浮かび上がれば、雇用するにはリスクがつきまといますし、それが採用の前段階でわかれば、人事担当も採用するか否かの判断軸になるわけです」

◆現地で聞き込み調査を行う場合も

 裏アカ調査を通じて、金銭トラブルの有無やネットワークビジネスの勧誘、迷惑行為やトラブルなどがないかをチェックすることに加え、企業は採用候補者が住む地域の近隣住民へ聞き込みを行うなど、本格的な現地調査を依頼することも。

「探偵のような張り込みはしないものの、実際に採用候補者の住んでいる場所に出向き、近隣住民に対して聞き込みを行っています。仮に採用候補者がマンションに住んでいる場合は、住人数名にも聞き込みを実施します」

 近隣住民の反応のほか、採用候補者が住む家の前がゴミで溢れていないかなどの生活環境の確認もチェックしているそうだ。

 また過去の事例として、中途採用の候補者の自宅に行ったところ、職務経歴書には一切書かれていなかった仕事が発覚。その場所を拠点にして無店舗型性風俗特殊営業が行われていたこともあったとか。

「現地調査は『採用候補者の本人にバレない』ことが何よりの鉄則です。聞き込みの際も『〇〇さんはこの辺りで何か迷惑している様子はないですか』と、個人名では基本的に聞きません。また、本人と出くわさないように注意も払っています。平日の日中や週末に現地へ行き、だいたい1〜2時間で調査を済ませるようにしていますね。ただ、新卒採用ではなく中途の場合、最近だとリモートワークを行っていることもあり、その辺りは留意しつつ、現地での聞き込みを実施しています」

◆「プライバシーの侵害」から「SNSヘの投稿に責任を持つ」

企業調査センター 昨今、モラルに欠けた迷惑動画の投稿が社会問題化しており、その流れが企業の採用活動にも大きな影響を与えている。

 その一方で、焦点になるのが「プライバシーの侵害問題」だ。角田さん曰く、Sトクを始めた当初はサービスに対する批判が殺到したという。

「いっとき、会社のホームページがサーバーダウンするほど、批判が集中していました。SNSのアカウントを特定されることで、採用に関係のないプライベートまで把握されることに対し、多くの人が嫌悪感を抱いたのが、こうした出来事が起きた根底にあったと思っています。それが、次第に『誰でも見られるネットの世界で投稿する内容には責任を持とう』という風潮に変わってきたことで、Sトクも支持されるようになったんです」

 過去にも、“バカッター”と呼ばれる人がウケ狙いで、コンビニや飲食店でバイトテロを起こす事案が発生していた。だが、回転寿司大手のスシローで起きた迷惑動画事件をきっかけに、投稿者の法的な責任が追及されるようになり、もはや「軽い気持ちでやった」という言い訳は通じなくなったといえる。

 これこそ、情報収集やコミュニケーションツールとして日頃から使っているSNSの「諸刃の剣」といわれる所以である。裏アカ調査は今後より一層求められてくるのではないだろうか。

<取材・文・撮影/古田島大介>



【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている