せっかく入社したにもかかわらず、すぐに辞めてしまう新入社員が後を絶たない。Z世代を中心に「タイムパフォーマンス」(以降、タイパ)という言葉がよく使われるようになった。かけた時間に対してどのくらいの効果があり、価値があったのかを指すものだ。
 新入社員などの若者たちは物事に対して「タイパがいい/悪い」という基準で判断しがちだが、さまざまな世代が働く会社組織においては悩ましい問題でもある……。

◆新入社員がどんどん辞めていく…

 工場の作業員として勤続10年になる山本治さん(仮名・40代)は、近年すぐに新入社員が退職していく傾向に頭を抱えている。

「現在では作業場の平均年齢は42歳。若手がいないという状況に陥っています」

 新入社員が辞める理由の一つとして、“コミュニケーション不足”があると考えていた山本さんだったが、どうやら違うようだ。

「なかには工場勤務が辛くて辞めていく人もいるのですが、ある日、辞める理由を聞いてみることにしました。すると、『だって、ここの上司たちって要領悪くて……時間の無駄遣いというか、面倒くさいんですよね』と言われました」

 新入社員が言う“時間の無駄遣い”は、社会人としては当たり前の行動だと認識していた山本さんには寝耳に水だったが、たしかにそうだと思う部分もあったという。

◆「メールで伝達事項は伝わる」と主張

 たとえば、伝達事項をいちいち書面か口頭で伝えてくる。また、どうでもいいことでも放送を使って呼び出されることに、新入社員は嫌気がさしていたという。

「私は、『それは学校でもある話じゃないか。社会人なんだぞ。会社に従わないとダメだよ……』と伝えたのですが、予想外の返答に、開いた口がふさがらなかったです。

 新入社員から『だからですよ! 学生時代はスマホ禁止の学校もありましたけど、今は大人です。メールで伝達事項は伝わるじゃないですか!』と反論されました。私は少し頭にきて『それはコミュニケーションの一環で、上司たちも私たちと接する機会をつくっているんだよ』と言い返しました」

◆「自分で考えろ」は完全に“タイパが悪い”

怒る上司 それに対して新入社員は、「仕事中も暇ではないので時間がもったいない。コミュニケーションをとっている間に仕事が遅れてはたまらない。それで怒られたら意味がわからない」と反論していたそうだ。

「まだ言いたいこともありましたが、時代なのかなと言葉を飲み込みました。終いには『決定的なのは、仕事のやり方を聞いたら“自分で考えろ”って……完全にタイパ悪いですよね』と言われてしまって、Z世代の怖さを知りました」

 山本さんの働いている会社は昭和初期から続く老舗企業。先輩の仕事風景を「見て覚える」のが基本だと話す。

 今時の価値観の新入社員が合わず、次々と辞めていくのは仕方のないことなのかもしれない。

◆効率が悪い営業体制にZ世代は納得できない

 光回線の訪問販売をしている遠野直樹さん(仮名・20代)は、決められた営業エリアをまわる日々。

「私は外回りの業務が中心なのですが、本来はエリアごとに10年以上の前任者たちの過去データがあるはずなんです。にもかかわらず、会社は毎回イチからエリアを調べさせて営業をするという方法を採用しています。どうして過去のデータに新しい情報を上乗せしていかないのか、どうして全員がイチから調べ直さなければならないのか……。私には意味がわかりませんでした」

◆「サボる社員がでてくる」という上司の珍回答に不信感

考える上司 そこで遠野さんは上司にたずねることにしたという。

「私は『なぜイチから調べ直すんですか? 過去のデータを共有して積み上げていけば、今後はより精度の高いデータができるじゃないですか?』と聞いてみたのですが、上司の回答は、まさに“タイパの悪い”内容でした。それは『サボる社員がでてくるから』というもので、なぜ社員がサボる前提で話をしているのか理解ができません。

 これでは非効率なループから抜け出せず、目に見える成果も上がりません。過去の膨大なデータを活用すれば大幅な時間短縮にもつながります。それをしない会社は、まさに“タイパが悪い”という言葉にぴったりだと思います」

◆会社を管理すべき役員まで外回りをしている

「その他にも、本来は全体を管理して部下を育てる側の人間であるはずの会社の役員が、新卒と同じように外回りをしているんです。自分の足で取った件数だけ利益につながるという労働集約的なビジネスモデルでは、将来の希望にもなりません」

 自分が中高年を迎えても外回りを続けるという未来に正直ワクワクする若手社員は少ないと話す。遠野さんは、「これだから新入社員がすぐに辞めていく」とため息をついた。

<取材・文/chimi86>

―[すぐに辞めた新入社員]―



【chimi86】
2016年よりライター活動を開始。出版社にて書籍コーディネーターなども経験。趣味は読書、ミュージカル、舞台鑑賞、スポーツ観戦、カフェ。