化学メーカーで研究開発を行う傍ら、経済本や決算書を読み漁ることが趣味のマネーライター・山口伸です。『日刊SPA!』では「かゆい所に手が届く」ような企業分析記事を担当しています。
さて、今回は株式会社リンガーハットの業績について紹介したいと思います。
国内で100店舗以上を展開するラーメンチェーンはいくつか存在しますが、東京や関西、東北など各地域で集中的に出店する企業が多く、全国的に展開するチェーンは多くはありません。
そんななかで、長崎ちゃんぽんで知られる「リンガーハット」は店舗数567と業界2位の規模を誇ります(2023/7時点、日本ソフト販売調べ)。業界の雄である日高屋が都内近郊、幸楽苑が東北・北関東を強みとする一方、偏りなく全国的に展開。リンガーハットはなぜ全国に出店できたのでしょうか。同社の業績や強みについて見ていきたいと思います。
◆長崎の地から、全国に展開していくまで
リンガーハットは1964年に設立した株式会社浜かつをルーツとしています。同社はもともと長崎で卓袱料理(長崎発祥の“和風”中華料理)の専門店などを営んでいました。1974年に長崎ちゃんぽんと餃子を主力商品とする「リンガーハット」の1号店をオープンし、長崎を中心にチェーン展開を始めます。
ちゃんぽんは中国語の「攙烹(チャンプン:混ぜ合わせる・煮るの意)」に由来するなど呼び名の起源に関して様々な説が唱えられていますが、料理自体については明治時代に長崎の中華料理屋が提供し始めた福建料理の「湯肉絲麺」を由来とする説が有力です。
◆順調に店舗を増やし、2019年には1000号店をオープン
1979年にリンガーハットは早くも関東に進出し、85年には100号店を開店させました。別ブランドでとんかつ事業も手掛けながら1991年には200号店目を開店、94年には関西と中京地区に初進出しています。その後、1998年には東証二部に上場し、2000年に一部へと鞍替えしました。
2005年に500号店を開店し、中国やアメリカにも進出しながら、2019年には1000号店をオープンしました。ただし海外展開は本格化しておらず店舗のほとんどは国内です。
(※○○号店は出店数であり、その時点での店舗数ではない)
◆日本中まんべんなく出店しているからこそ…
冒頭で記したようにリンガーハットは、「ラーメン業界で2位」の規模を誇ります。2023年7月における各チェーンの国内店舗数は次の通りです。
1位:餃子の王将:731店
2位:リンガーハット:567店
3位:日高屋:408店
4位:幸楽苑:385店
5位:大阪王将:341店
各チェーンの特徴を見ていきましょう。トップの餃子の王将と大阪王将はライバルとはいえ“王将”のネームブランドにより、両者とも全国的に展開しています。一方、日高屋や幸楽苑もそこそこの規模ですが、実は全国的な知名度は高くありません。
日高屋は都内の駅前を主力としているため関東以外での知名度が低く、幸楽苑は東北や北関東のロードサイド店を主力とするため都市部ではあまり知られていないようです。
日高屋は会社員をターゲットとした「ちょい飲み」戦略を得意としているため、ロードサイドには積極的に進出できませんでした。幸楽苑は低価格戦略で全国展開を目指しましたが、人件費や原材料費が高まる中でコストが圧迫しドミナント戦略で地盤を固めた東北・北関東以外への進出を諦めました。全国に名の知れたラーメンチェーンは意外にも少ないのです。
ただ、リンガーハットは中国・四国・九州に約170店舗、関西・中京に103店舗、関東・東海に271店舗と全国的に進出しており、認知度の高低差は他チェーンほど大きくはありません。つまり同チェーンは規模が大きく、全国的に進出できた数少ないラーメンチェーンの一つといえます。
◆「ちゃんぽん」だからこその優位性
リンガーハットはなぜ全国的に出店できたのでしょうか。創業からいち早く九州以外への出店を試みたことも一因ですが、第一の理由として「長崎ちゃんぽん」自体による差別化があげられます。
醤油や塩など種類をあげるとキリがありませんが、ラーメンはいずれもやや「油っぽい・重い」という印象があり、料理の中では比較的味の濃いものとして位置づけられます。一方でちゃんぽんは、さっぱりとしていて比較的軽い印象があります。
ラーメンとは別の食べ物のような感覚があり、そもそもラーメンとちゃんぽんでは食べるモチベーションが異なるのです。「A店の塩ラーメン」と「B店の醤油ラーメン」で迷うことはあっても、ちゃんぽんを食べたい人がラーメンと迷うことは少ないと思われます。もう一つの看板メニューである「長崎皿うどん」も他のチェーンではあまりみられない料理です。
また、リンガーハットは2009年から使用する全ての野菜を国産化したほか、「野菜たっぷりちゃんぽん」の提供を開始しました。こうした施策が「ちゃんぽん=健康的な料理」というイメージにつながり、ラーメンとの差別化をさらに強化したと考えられます。
◆他社が「リンガーハットの真似」をするのは難しい
競合も現れてきそうですが、リンガーハットはコストを下げることで他社の参入を阻止してきました。特に注力したのは調理場の自動化です。
子会社である「リンガーハット開発株式会社」が店舗で使う調理機器の開発を担っており、回転しながら野菜を炒める「IHロータリー炒め機」や一定時間たつと鍋を横にスライドさせる「IH自動鍋送り機」を導入。特にIH自動鍋送り機は加熱時間管理の自動化やちゃんぽんの品質安定化に貢献しているようです。
こうした調理場の自動化は省人化によってコスト削減を可能にし、しいては競合の参入防止にも寄与しました。他社がちゃんぽん事業で利益をあげようとしても、資金を投じリンガーハットのように調理機器を開発しなければなりません。
◆業績回復は道半ば。今後の施策は?
差別化と参入の阻止により全国展開したリンガーハットですが、近年の業績は芳しくないようです。2020/3期から2023/3期までの業績は次の通りとなっています。
【株式会社リンガーハット(2020/3期〜2023/3期)】
売上高:473億円→340億円→339億円→377億円
営業利益:15.5億円→▲54.0億円→▲14.6億円→▲2.9億円
店舗の6割程度をSC(ショッピングセンター)などのフードコートに置いているため、コロナ禍では商業施設の休業や時短営業、消費者の外出自粛により大打撃を受けました。とはいえ、2022年度は外食産業が回復しコロナ禍以前の売上高を超えるチェーンも現れているなか、リンガーハットの業績回復は道半ばとなっています。実は同社、既存店売上高が前年度を下回るなどコロナ禍以前から不調が続いていました。コロナ禍で客離れが加速し、経済活動が正常化した後も戻ってこないことが数字として現れた形です。
今後の集客施策として同社はZ世代をターゲットとした企画を打ち出しています。しかし女性客から一定の支持を受けているほか、外販している冷凍食品が40〜60代の層から支持を受けていることを考えると、リンガーハットはやはり若者ではなく健康面を気にしている層をターゲットにした方が良いかもしれません。今後、客足回復につながる施策を打ち出せるのか見届けたいものです。
<TEXT/山口伸>
【山口伸】
化学メーカーの研究開発職/ライター。本業は理系だが趣味で経済関係の本や決算書を読み漁り、副業でお金関連のライターをしている。取得した資格は簿記、ファイナンシャルプランナー Twitter:@shin_yamaguchi_