コラム【役者・芸人「貧乏物語」】

 ダイエット企画で49キロの減量に成功して話題になった女芸人のまぁこさん(33)。バイト時代は貧乏なのに食べ過ぎて、テレビのダイエット企画では食べられず、落差が激しい食生活を送ってきたようで……。

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 15歳か16歳の時に“私は深田恭子になれる!”と信じて、ホリプロスカウトキャラバンを受けたけど、オーディションの時にギャグをやったら、面接で「君はNSC(よしもとの養成所)に行ったほうがいいよ」と言われて。その時期で80キロあったんですよ。

 ウド鈴木さんが大好きだったし、“じゃあ、お笑いやろう!”と考え直し、愛媛から上京して東京アナウンス学院のお笑い科に入り、卒業後に浅井企画に入れてもらえました。そこからがアルバイト人生の始まり。

 バイトは新宿2丁目のニューハーフの店。ガラガラ声で面白い、ムーミンっていうママがバイト料を日払いで払ってくれたんですけど、日払いだと使っちゃうんですよ! 月にすると15万円くらい稼いでも、夜の世界を知っちゃったから、家賃とか払った残りはお酒飲んだり、タクシーで帰ったりして。

■店のアフターで食べ過ぎて激太り

 夜のバイトで困ったのは太ったこと。私のことを“芸人やってて貧乏な女”って店のお客さんも知ってるから、「食べさせてあげるよ」とアフターでいろんな店に連れてってくれるんです。だけど、食べ切れないくらいごちそうしてくれる。“せっかくお客さんがごちそうしてくれるんだから”と食べてました。店で飲んで、終わった朝5時から焼き肉食べて、ドンドン太ってマックス97キロまでいきました。その体重で体に限界がきたんです。

 まず、寝返り打っただけで肋骨が折れた。骨が細いみたいで、自分の重みに骨が耐えられなかったみたい(笑い)。自宅のトイレに座ったら便座が割れたこともある。それでも使ってたら、割れた箇所に尻の肉が挟まって「痛ててて!」となって。ガラケーで電話してたら顔の汗でガラケーが水没したことも。ブラジャーが痛くて使うのやめたり、もう散々。

 腰が悪くなって入院もしたし、さすがに「ヤベエ」と思いました。そんな時期に番組のダイエット企画がきたんです。韓国に行って有名な先生についてダイエット。朝・昼・晩とジムに通って1日3回有酸素運動の毎日です。韓国のデブに交じってエアロバイクやジョギングとひたすら脂肪を落とし、レンジでチンしただけの鶏のササミやサツマイモだけ食べて生活してました。

 3カ月経って97キロから80キロくらいまで落ちて、収録は終わりのはずだったのに、「視聴率がいいからこの企画を続ける」ってことになって! 次は日本で別の先生のもとでまた3カ月ダイエット。68キロくらいになって「これで終わりだ〜」と思ったら、また別の先生で3カ月追加!

 結局、1年間やって最終的には48キロになった。マックスから約半分。最後のほうは塩抜きで塩分をとらないし、フラフラしてまっすぐ歩けなかったですよ。過酷でしたねぇ。でも、仕事で痩せてダイエットの本も出せたし、脂肪ってお金になるんだなあと。痩せているうちに結婚もしましたし(笑い)。

 バイトではお酒に早朝の焼き肉三昧、タレントではダイエット企画でチンしただけのササミとサツマイモや塩抜き……ひもじい貧乏生活ではなかったかもしれないけど、どちらも大変でしたね。

(聞き手=松野大介)