【長寿研究のいまを知る 実践編】#18

 成人の脳の重量は男性で平均1300〜1400グラム、女性で1200〜1300グラムほどで、90歳では60歳時の5〜7%軽くなる。萎縮の程度は人それぞれだが、部位により差がある。計画の立案や実行、意思決定を担う大脳皮質の前頭葉は比較的早く萎縮するといわれている。

 一般的に脳の神経細胞(ニューロン)は1日約10万個脱落するといわれる。そんなに減って大丈夫か? と思う人もいるかもしれない。しかし、人間の脳には140億個のニューロンがある。すべて消失するには400年以上かかる計算なので、心配ない。

 では、脳はどう老化しニューロンをサポートし、脳の陰の主役とされるグリア細胞はどう衰えるのか? ハーバード大学医学部&ソルボンヌ大学医学部客員教授の根来秀行医師に聞いた。

「加齢により、ニューロンは徐々に死んでいきます。高齢者は『海馬』(短期記憶を長期記憶に変換したり、場所や空間の情報処理を行う)と『黒質』(脳の奥底の黒っぽく見える部分。ドーパミンを作り、動きや感情に関わる)のニューロンの消失が目立ちます。これと並行して、記憶力が低下します」

 加齢で老化したニューロンの内外には凝固したタンパク質の沈着物が形成される。

 例えば、アルツハイマー病のニューロン内部には神経原線維変化がみられる。これは、脳の神経細胞の骨組みとなるタウタンパク質が変性して線維状になり、蓄積した結果だ。アルツハイマー病では神経細胞の外側にアミロイドβと呼ばれるタンパク質が沈着し、老人斑と呼ばれる独特の構造物が作られる。ニューロンの内部には他のタンパク質も蓄積し、病気を引き起こす。例えばαシヌクレインというタンパク質が凝集すると、レビー小体と呼ばれる障害物ができる。レビー小体は主に脳幹や大脳皮質に蓄積してアルツハイマーとは別のタイプの認知症であるレビー小体型認知症を発症する。

 異常なタンパク質の蓄積はニューロンだけに限らない。隣接するグリア細胞にも蓄積する。グリア細胞には、星状細胞(アストロサイト:ニューロンへの栄養供給、修復、神経伝達のサポートなどを行う)、希突起膠細胞(オリゴデンドロサイト:ニューロンの情報出力を担う軸索を覆うミエリン鞘を作り、神経伝達が速く正確になるようにする)、ミクログリア細胞(傷ついた脳の細胞が修復したり、病気のもとが現れると排除したりする)などがあるが、アルツハイマー病に由来するニューロンに隣接するアストロサイトとオリゴデンドロサイトの内部にも、異常なタンパク質は詰まっている。

 脳や脊髄がケガや病気になったときの修復反応をグリオーシスと言う。アストロサイトは数を増やすなど変化することでグリオーシスを行うが、修復反応が過剰になると、逆に神経毒性のある物質や炎症性の物質を分泌したり、オリゴデンドロサイトの脱髄化を進めるなどして逆にニューロンの動きを損なうこともある。

■女性ホルモンによる若返り効果は…

 年をとると、体内にさまざまな炎症が起きる。そのため免疫細胞的な働きをするミクログリア細胞は常に活動しており、いざ脳に大きな障害が生じたり、感染が起きたりすると、それに備えるミクログリアが不足するとされる。

「当然ですが、加齢によりアストロサイトは自然と衰えます。するとニューロンが発する警告シグナルの反応が遅くなる。年をとると脳卒中の治りが遅くなるのはこのためです」

 では、衰えたグリア細胞をどうすれば活性化できるのか? 女性ホルモンの「エストロゲン」を用いる方法はどうか。

 脳の血流が低下するマウスを使った実験がある。脳の血管には広がったり、縮んだりする仕組みがあり、血液循環をコントロールしている。そのスイッチがアセチルコリンと呼ばれる神経伝達物質で、受容体に働きかけることで血管が広がり、十分な酸素と栄養が脳細胞に供給される。

 そこで、アセチルコリン受容体を欠損させたマウスを観察したところ、オスは脳の血流低下を起こし、アストロサイトが膨張、神経突起は萎縮し、脳内で信号を伝達するシナプスの数も減少した。しかし、エストロゲンを投与すると、いずれも回復した。さらに異常を見せなかったメスは卵巣を摘出するとオス同様の異常を見せたという。

 こうした実験から、性ホルモンはグリア細胞に効果があることが明らかになったが、一方で老化したアストロサイトではこのホルモンへの反応は逆転し、増殖を抑えると報告されている。つまり、若くて成長盛りのグリア細胞に性ホルモンは必要だが、老いて成長しない場合は逆効果であり、老いて性ホルモンが減るのは理由があるということだ。 (つづく)