【名伯楽・内田順三「作る・育てる・生かす」】#41

 私がヤクルト2年目を迎えた1971年から指揮を執った「名将」三原脩監督(享年72)は「超二流選手になりなさい」と私に言った。要するにこういうことだ。

「『超一流』は王(貞治)、長嶋(茂雄)だ。クリーンアップを打つ選手が一流。おまえだったら超二流になれる。ここ一番は超一流と同じ仕事をするんだ」

■「超二流になれ」

 三原さんが大洋の監督時代の60年、近藤昭仁さん(元横浜監督など)が日本シリーズでMVPを獲得する活躍を見せたことを例に挙げ、「これが超二流だ」と話していた。昭さんの現役通算打率は2割5分を切っている(・243)。打率だけなら“二流”選手といっていいかもしれない。それでも、ここ一番では「一流」の仕事をした。私もそういう役割が求められた。さらに三原監督はこうも言った。

「俺がいいと思ったから、おまえに何かあると思って使っている。だから、打てなくても次の日まで引きずるな。今を頑張れ。いくら俺にゴマをすっても、いいと思わなかったら使わない。プロなら己の技術を磨くことに集中しろ」

 これは後に指導者になってから、指針としたことでもある。

 選手時代、不振にあえぐ同い年の荒川尭に助言を求められた。

「力み過ぎてステップが大きくなっているように見えるぞ」と素直に感想を言ったところ、荒川が打ち始め、新聞に「内田のアドバイスで復活」と載った。すると、三原監督は私のベルトをグッと掴み、強い口調でこう言うのだ。

「おい、荒川にいいアドバイスをしたみたいだな。まあ、それはいい。しかしなあ、プロというのは投手、打撃、守備、それぞれにプロのコーチを呼んでいる。俺の信頼しているコーチがいるんだ。分かったか」

 選手は自分のことに集中しろということだった。

■「ツースリーにしてニューボールに替えてもらえ」

 ところで、有名な「三原マジック」とは何か。

 巨人戦の同点の場面で2死満塁の好機が訪れた。相手投手は左のエース・高橋一三さん。三原監督はバットを短く持つ粘り強いタイプの大塚徹さんを呼んでこう耳打ちした。

「カウントをツースリーまで持っていけ。そうしたらタイムをかけてボールをニューボールに替えてもらえ。絶対にバットは振っちゃダメだぞ」

 まんまとフルカウントになったところで、大塚さんが審判にボール交換を要求。狙い通りに押し出し四球を選んだ。高橋さんはボールをよく揉んで投げる。このタイプは、滑りやすいニューボールを嫌がると分かっていた。阪神戦で相手投手は江夏豊。私は2番打者だった。すると、三原監督は私にとんでもない指示を出した。

「今日はバットを振らなくていい。全部バントをしなさい。やるなら一塁側だ」

 江夏はそれほどフィールディングがうまくない。さらに、一塁手は体が大きく、動きが機敏ではない遠井吾郎さん。そこを狙えという。結果はバント安打2本と2つの犠打だっただろうか。全て成功だった。

 三原監督は相手を「観察」することで「洞察」し、作戦に生かしていた。

 私の野球人生はカープにトレード移籍した77年から大きく変わった。

(内田順三/前巨人巡回打撃コーチ)