広島長野久義外野手(34)が12日、シート打撃で“赤ヘル初安打”を放った。記念球を手に笑顔でポーズ決めた男を初めて取材したのは、巨人入団2年目のオフだった。12年1月のグアム自主トレ。それから7年が経過した。長野の現在地とは−。今を探訪し、観察と洞察、時間と空間を共有して、真意に迫った。【取材・為田聡史】

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「音が違う。メジャーリーガーみたいですよ。恥ずかしいから隣で打ちたくないんですよ…」

日南キャンプ。赤ヘルの長野は鈴木の隣のケージで打撃練習をすることが多かった。軽々とバット振り回して柵越えを連発する後輩スラッガーとは対照的にバットに振り回されている。「見て下さいよ。これ。こんなところにできたことないですよ」と手のひらはマメだらけだった。同時に少しずつ赤ヘルも似合うようになってきた。

休養日に巨人時代から通う、なじみの店に足を運んだ。日南からタクシーで約1時間、清武町にある「炭火焼き 鶏」には巨人の選手、関係者らのサインがところ狭しと飾られている。気心知れたおかみに「カープのサインを書いていきますね」とすっかり手慣れた手つきでペンを走らせた。

新天地で背番号5のユニホームを着るとプロ1年目の心境がよみがえった。「あのときと同じようなプレッシャーを感じています」。初々しさとは異なる。ドラフト指名を2度拒否して巨人の門をたたいた。どうしても巨人に。そこまでして巨人に。それがルーキー長野に向けられた世間の見立てだった。今、広島はチームも街も歓迎ムードが沸き起こっている。自信と期待値の比重、バランスが当時と重なった。

気遣いの男と言われるが、己の意思に遠慮をしたことはない。中学3年のとき、一般入試で筑陽学園高に入学した。小学時代からエースどころか投手経験は1度もない。球拾いからたたき上げの野球小僧が、甲子園を目指して飛び込んだ。リーグ3連覇中の広島の一員になり「強いチームだし、自分よりすごい選手がたくさんいる。なんとか置いていかれないように。高1のときもそうでしたね」。活躍、成功へのプロセスは経験の中にある。

学生、社会人時代、巨人での9年間は、地味にも派手にも年輪を重ねてきた。リーダーシップはキャラにそぐわない。ピークから衰えが見え隠れする34歳での新天地。心に秘めるプライドが1つだけある。「このチームで日本一を経験しているのは僕だけしかいない」。根っこに宿る強さがある。包み込む強さがある。はね返す強さもある。だから長野はかっこいい。