■事業撤退交渉の矢面に立つ。

三井化学は2008年、プラズマパネルの材料である光学フィルター事業から撤退すると発表しました。100億円超を売り上げる情報電子関連材料の主力でしたが、プラズマ陣営が液晶陣営との規格争いに敗れ、事業継続が困難になっていたのです。

光学フィルターは当時、富山県で外部企業と共同生産していました。撤退する前には、費用の分担や200人の従業員の雇用問題をクリアする必要があります。そうした負の側面を最小化することが、05年に機能化学品事業部に異動していた私の役割でした。

■夜中まで激論。理解を引き出す。

200人の削減が地元経済に及ぼす影響は大きく、自治体などから説明を求められました。労働者の代表とは時に激論を交わし、交渉が夜中まで続くのも珍しくありません。多いときは月に20回も飛行機に乗って、富山県に足を延ばしました。従業員を一気に解雇するのではなく、設備と共に徐々に減らしていくことなどを提案し、なんとか理解してもらいました。

清算に至るまでは2年間かかりました。決して前向きな仕事とは言えません。しかし、断らずに取り組んだことが自分の「引き出し」になったように思います。特に、事業が地域に及ぼす影響の深さは経験しなければ分かりません。

光学フィルターを運搬する際は厳格な温度管理が求められ、特殊な車両が欠かせません。「既に新車を購入してしまった」という地元の運送事業者もいました。撤退にあたっては、そうした関係者に納得してもらう必要があるのです。

地方では特に、様々な関係者を巻き込むことになります。事業の良い面だけを見ていては、決して理解できなかったでしょう。後に他社との共同事業に取り組む時、意思決定の支えになりました。

■部下の自主性を生かすマネジメントを心がけた。

上司として心がけたのは、部下を「リード」せず「ガイド」すること。頭ごなしに指示するのではなく、考えさせるのです。共同生産していた企業との間で、撤退時の費用負担が問題になった際は、経理経験のある部下に適正割合を考えさせました。その意見を参考にして、上司として意思決定の責任を取るのです。

私の父は個人商店を経営しており、分からないことでも常に一人で意思決定を迫られていました。しかし三井化学は違います。強みは多様な人材です。知恵を集めて生かすことが、大企業で働く中間管理職の役割だと考えています。

■あのころ……

2000年代に入ると薄型ディスプレーの開発競争が激化し、世界の電機メーカーがプラズマ陣営と液晶陣営に分かれて主流争いを繰り広げた。技術進展による液晶の大画面化や中国・韓国勢との価格競争が影響し、パナソニックなどは相次いでプラズマ事業を縮小した。

[日本経済新聞朝刊 2020年12月15日付]