百貨店の集客の柱といえる「デパ地下」。松屋銀座店(東京・中央)で40年近く活躍する販売員が木嶋文子さんだ。顧客のニーズに応えるだけでなく「一歩先」を行く想像力をきめ細かいサービスや商品提案につなげ、松屋ファンや同僚が絶大な信頼を寄せる。

「贈り先様はどのような魚がお好きかご存じですか?」。地下2階にある食品売り場で、木嶋さんは丁寧に語りかける。この日はギフトとして缶詰の詰め合わせを友人に贈ろうとしている顧客が来店。商品選びを木嶋さんがサポートする。

その友人はサンマが好きだと分かると、木嶋さんはお薦めの商品を案内するだけでなく、セットの一番目立つところにサンマの缶詰を並べる。「包みを開けて最初に好みの魚が目に入ると、それだけでも贈ってくれた方への印象が違うと思うんです」。木嶋さんは笑顔でそう説明する。

「お客様の立場や気持ちになって考える」――。小売業界で言い古された言葉だが、実際に徹底するのは至難の業だ。1983年に松屋に入社してから食品部門一筋の木嶋さんは、その言葉を売り場で追求してきた。

入社当時はデパ地下という言葉もなく「最初は正直少しガッカリした」と木嶋さん。しかし、年を追うごとに百貨店各社は品ぞろえの強化やフロア拡充に乗り出し、食品売り場の存在感は高まっていった。競争が激化する中、木嶋さんは「選んでもらうためには販売員のサービスこそ大事」と考え、接客力を磨いていった。

現在担当する生鮮・グロッサリー売り場では、野菜や精肉、調味料をまとめて購入する顧客も多い。木嶋さんは、例えば調味料を和洋に応じて小分けにしたり、冷蔵庫に肉や野菜をすぐ入れられるよう事前に仕分けしたりする。シニア層の場合は力を入れず袋をほどけるよう少し緩めに縛るなど、顧客によって包装の仕方まで変えている。

サンマの缶詰の件も含め、こうした配慮は顧客側もなかなか想像しにくい。ただ、その違いに気づくと確実に心に響く、顧客の一歩先を行くおもてなしだ。こうした接客を日々、長年にわたり積み重ねてきた木嶋さん。その結果、商品選びで必ず指名されたり、電話で様々な相談を受けたりと多くの顧客の信頼を得るようになった。

コロナ下で松屋は2020年11月からチェッカーキャブ無線協同組合(東京・中央)と連携し、顧客が事前注文した食品をタクシーで届ける買い物代行サービスを始めた。40〜50代の女性やシニアをターゲットに需要開拓を狙う。

この新サービスで松屋側の中心的な役割を担うのは木嶋さんだ。商品を届けるタクシードライバーが注意すべきポイントなどを組合の幹部らに解説し、松屋ならではのサービス品質を維持できるようサポート。顧客の要望なども細かく吸い上げ、サービス改善につなげようとしている。

「コロナで売り場も大きく変わりましたが、百貨店として届けるべき価値は変わりません」。木嶋さんはそう強調し、今日も売り場に臨む。

(河野祥平)

[日経MJ2021年2月1日付]