転職にリスクはつきものだ。成長につながる可能性がある一方で、これまで培ってきたスキルが発揮できなくなることもある。それにもかかわらず「何となく」で転職先を決める人が多いと指摘するのは、10年で7回の転職経験を持ち、転職希望者向けセミナーも手がける経営コンサルタントの村井庸介さんだ。20代の失敗経験から学んだ、転職の極意とは――。

――新卒で野村総合研究所に入社し、25歳までに2回の転職を経験しました。

今振り返ると、当時は「転職で必ず失敗する典型的なパターン」に陥っていたと思います。

1社目の野村総研ではコンサルタント職として働いていました。人間関係は良好で、待遇にも不満なし。ただ、先輩と一緒にあるプロジェクトを担当していたとき、顧客からこんな苦言を呈されたんです。「あなたたちは現場のことを知らないのに、正論ばかり押し付けてくる。高額のフィー(報酬)に見合う仕事なのか」。当時は若かったこともあり、この言葉をきっかけに「この仕事をずっと続けていて大丈夫なのだろうか」と不安に襲われるようになってしまった。誰かのビジネスの相談にのるのではなく、自分の手で企画をしたり、事業を起こしたりしてみたい。そんな思いが強くなり、入社3年目でリクルートへの転職を決めました。

■「抜け出したい」が先走り

――転職理由は理にかなっているように思えます。

いえ、2つ問題がありました。

1つは、「コンサル業界から抜け出したい」という思いばかりを優先してしまったこと。次の職場にリクルートを選んだのは、「学生時代から知っていて、社風に憧れがあった」という程度の動機。「なぜインターネット業界なのか」「なぜリクルートなのか」への検討が不十分でした。

もう1つは、採用選考では新規事業の企画職を希望していたのに、リクルート側から「営業職で入社しないか」と打診があり、深く考えずに承諾してしまったこと。入社後、人材系サービスの営業部署に配属されましたが、前職でのスキルや経験を生かす余地が全くありませんでした。

コンサル時代は、割り振られた案件で顧客の要望に応えることを求められていましたが、営業職では足を動かして顧客を開拓するところがメーンになります。顧客の意見を取り入れて商品をつくるというより、「既製品」を売っていくスタイルの営業でもあったので、コミュニケーションのしかたも全く違いました。

まるで、野球選手がいきなり「ラグビーをやれ」と言われたようなもの。経験がなさ過ぎて、一向に活躍できなかったんです。日々の仕事をつらく感じるようになり、やがて出社することさえままならない状態になりました。「ここではないどこかへ移らなければ」という思いで2回目の転職を決めました。