新型コロナウイルスの重症患者の治療に使う体外式膜型人工肺(ECMO=エクモ)。その国内シェア7割を握るのが、今年創業100周年を迎える医療機器大手のテルモだ。体温計の製造から始まり、患者の負担を大幅に軽減できるカテーテル(医療用細管)関連製品で急成長。世界市場でも存在感を増してきた。佐藤慎次郎社長は43歳でこの業界に入った。前職で経験した挫折が「リーダーとしての意識を目覚めさせた」と語る。

――テルモ入社前にも転職を経験しています。

「最初に就職した石油会社では、早い段階で米国の大学院に経営学修士(MBA)留学をさせてもらったり、経営企画に関わったりするなど、順調なサラリーマン人生を送っていました。ところが、1990年代後半の石油業界再編で自分の将来に不安を感じ、コンサルティング業界に転職しました。組織に甘えることができた環境から一変。頼れるのは自分の腕一本という厳しい世界に放り込まれ、人生初の挫折を味わいました」

「バブル崩壊後の金融危機で、世の中全体が混沌としていました。しかし、私は能天気で、あまり深く考えることなく、転職してしまいました。コンサルタントは自ら営業してプロジェクトを獲得してこなければ、提案も何も始まりません。そんなことすら知らなかったんです。部下も自分で雇い、チームを運営していかなくてはならないのに、最初の1〜2年はまともに仕事が取れませんでした。自分が苦しいのはもちろん、部下にも迷惑をかけてしまい、すっかり自信を失いました」

「実はそれまでリーダー的な仕事を避けていたようなところがありました。性格的にも世代的にも『ガツガツするのはカッコ悪い』と、ある意味、斜に構えていたのです。しかし、それではどうにもならない状況に追い詰められ、初めてリーダーとはどうあるべきかを考えるようになりました」

■ドラッカーの著書で知る「リーダーシップを仕事と見る」

――指針は見つかりましたか。

「(経営学者の)ピーター・ドラッカーの本にヒントがありました。『リーダーたる要件は、資質やカリスマ性ではなく、リーダーシップを仕事と見ることである』『リーダーシップは誰もが持ち得るもの、再生産できるものであり、そうでなければ組織は回っていかない』といったことが書かれていました。もしそれが真実なら、真面目にやれば私にもリーダーの仕事ができるかもしれないと元気づけられました」

「そうした中で、自分がこれまでネガティブなことばかり口にしてきたことに気づきました。そんな疫病神のようなリーダーには誰もついていきたいと思わないし、仕事相手としてもシンパシーが湧きません。ひねくれた人は運気も呼び込めないのです。そこでリーダーになるために私自身がポジティブになろうと決意しました。斜に構えていたのに、40歳にして宗旨変えです。しばらくすると、10人中1人くらいは手を差し伸べてくれたり、一緒に仕事をしようと声をかけてくれたりするようになりました。自分の態度次第でこんなにも人の反応や流れが変わるのかと驚きました。以来、私のモットーは『明るく、楽しく、前向きに』。略してATMです」