「誤解を招いて申し訳なかった」という趣旨のおわびコメントを聞く機会が増えた気がする。確かに言葉は誤解を招きがちだ。だから、丁寧な言葉選びが欠かせない。そう分かっているはずなのに、私を含め、あちこちで「真意が伝わらなかった」というケースが後を絶たない。では、誤解を招きにくい言葉選びは、どうすればよいのだろう。自らの反省を込めて、私なりに「7つのルール」を考えてみた。

「誤解が伝わったようだ」と、後になって謝罪するようなケースでも、もともとの物言いがそうとしか受け取れないようなケースが珍しくない。つまり、「誤解」というよりは「言い損ない」と映る。要するに、言葉のチョイスがつたなかったということだろう。誤解を招きやすい表現を避けるのは、ごく当たり前の発言作法だ。

そもそも、誤解が生じにくい話し方をすればよいわけだが、なぜそれができないのか。理由はいろいろあるだろうが、「話すべき内容・趣旨が定まっていない」という場合も少なくないようだ。「だったら、最初から口に出さなければいいじゃない」と言いたくもなるが、誰もが発言タイミングで十分な決断や結論に至っているとは限らない。とりわけビジネスシーンでは多くの場合で状況は進行中ステータスであり、結果まで見通して発言できるケースはむしろまれだろう。そういう「生煮え」状態で発言するなら、なおさら丁寧に言葉を選ぶしかない。

たとえば、ある企業で進む、新プロジェクトのチームリーダーである課長を主役に考えてみる。準備段階を経て、いよいよ本格始動を役員会に諮る段階を迎えた。課長は役員会で議論された新プロジェクトの方向性に関してチームに説明するという立場だ。説明役の課長にも上層部の意向は十分には伝わっていない。しかし、チームメンバーは少しでも多くの情報を求めて、質問を浴びせてくる。こんな状況で材料不足の課長は、誤解を防ぎながら、どう説明すればよいのか。

いきあたりばったりに言葉を選ぶと、先々に矛盾や論理破綻を起こしかねない。だから、第1のルールは「うそは言わない」。当たり前のようだが、返答に窮して、適当な言い逃れを試みてしまい、結果的に「悪意のないうそ」を口走ってしまうことはままある。後になって「勢いで言い過ぎた」と弁解しても、信頼は取り戻せない。先の事例でいうなら、いくら突っ込んだ質問を受けても、知らない話は正直に「知らない」と答えるのが望ましい。勝手な憶測に基づく「悪気のないうそ」は誤解につながりやすい。

第2に「客観的な情報と自分の意見とは区別して話す」も大事だ。先の例でいえば、役員会報告の中身は「客観的な情報」となり、その補足として述べる私見は切り離されるべきだ。「役員会報告の文章ではAとなっている。私個人の読み解きでいえば、この意味するところは〜」といった具合だ。

世の中には自分の価値を大きく見せたがる人がいる。自己流の読み解きや憶測を交えて語ることによって、情報通や知恵者に見せようとする人もいる。こういう意識が強いと、「正確に伝える」というミッションよりも、「自分がどう映るか」のほうを優先しがちになり、言葉選びにもその優先順位が反映されやすい。だが、そういうリーダーはチームから信頼されにくいだろう。