2021年7月31日、インターステラテクノロジズはMOMO6号機打ち上げに成功した(合成した人物写真は稲川貴大インターステラテクノロジズ社長)

日本の民間企業として初めて小型ロケットの打ち上げに成功した宇宙ベンチャーのインターステラテクノロジズ(北海道大樹町)。ホリエモンこと堀江貴文氏が創設、出資する同社でロケット開発・製造・打ち上げの総指揮を取る稲川貴大社長(34)は埼玉県内屈指の進学校、県立浦和高校の出身だ。工芸部という珍しい部活でモノ作りに目覚め、東京工業大学に進学後は人力飛行機で滑空距離や飛行時間を競う「鳥人間コンテスト」(読売テレビ放送主催)に熱中した。高校、大学時代に自ら手を動かしモノを作り上げる醍醐味を体感したことが、のちのロケット開発の礎となった。

富士通の営業マンの父、保健師や看護師として働く母のもと、埼玉県で育った。一人っ子で小さい頃はいたって「普通の子」だったと振り返る。

両親が共働きだったため、家に1人でいる時間が多かったですね。どちらかというとインドア派。小学校3年まで放課後は学童保育に行きましたが、友達がみんな野球をやってる中、1人で本を読んでいるような子でした。その頃からSFとか未来の話は好きでした。あとは当時流行っていた「ガンプラ」(アニメ作品「機動戦士ガンダム」のプラモデル)を作ったり……。勉強はそこそこできましたが特に目立つこともなく、極めて普通の子だったと思います。

富士通の営業マンだった父はその後、営業本部長や子会社の役員をしたりしていましたが、僕が大学生の頃、何を思ったのか突然、市議会議員になると言い出しました。そして本当に会社を辞めて、市議の補欠選挙に立候補し当選したのです。父は新たな政治の仕事に情熱を注いでいましたが、2期目の任期途中に亡くなりました。58歳、大腸がんでした。

そのとき、地元の支持者からは、僕が一人息子なので後を継ぐように言われたのですが、「すみません、僕は政治よりロケットを作りたいので」とお断りし、看護学校で教壇に立っていた母がバトンを継ぐことになりました。あのとき、もしもイエスと言っていたら、今の僕はないですね。