マネックスグループ社長 松本大氏

人生100年時代。ビジネスパーソンの間でも健康への意識が高まっていますが、一方で「リモートワークになって一日中パソコンの前に座っている。筋力・体力の衰えが心配」という人も少なくないでしょう。マネックスグループ社長の松本大氏は現在58歳ですが、突然走り始めたそうです。きっかけや、ランニングマシンではなく屋外を走ることにした理由などを聞きました。

■社員の一言で一念発起

最初に言っておくと、私は子供のころから体育は苦手で、社会人になってからも運動とは無縁の生活を送ってきました。しかし、5カ月くらい前から突如として走り始めました。なぜか? すごくショックだったんです。社員に言われた一言が。

その日は社員数人と食事に行き、2次会でバーに行きました。カウンターに腰掛けてしばらく話していると、横に座った社員の表情が一瞬、変わりました。手品も前から見ているとわかりませんが、横から見るとタネがわかったりするじゃないですか。それと同じで、私は正面からは着やせして見えるタイプなのですが、真横に座った彼は私のウエストの上にのっかっている「浮輪肉」に気づいたのです。

そしてすかさず「あれ、松本さん、最近お腹出てきました?」と。自分でもうすうす気づいてはいたものの、やはり他人にストレートに言われると、こたえます。もちろん彼にまったく悪気はないし、おかげで一念発起できたので、感謝しているのですが。

そんなわけで、運動という運動をほとんどしてこなかった私ですが、走り始めました。目的は体形維持のため。それと、転ばないようにするためです。私の祖母もそうでしたが、ものすごく元気だったのに、一度転倒したことをきっかけに歩けなくなり、あっという間に弱ってしまうケースを身近でたくさん見てきました。私もまもなく60歳ですので、否が応でも転倒のリスクは高まっています。ですから、備えられることはやっておきたいと思いました。

■地面のデコボコを感じながら走る

単に走るのなら、ジムに行ってランニングマシンを使えばよいのですが、私は近所の道路や公園の中を走ることにしました。私がよく行く公園はかなり起伏があり、木の根も張っているので地面もボコボコしています。転ばないようにする、という目的のためには、平らな場所ではなく、地面のダイナミックなデコボコを体で感じながら走った方が、姿勢を制御する訓練になると思ったのです。

ヒントは、2004年のアテネ五輪男子ハンマー投げ金メダリストで、現在スポーツ庁長官の室伏広治さんから聞いた話にありました。彼とはお互い忙しくて、最近飲みに行っていませんが、仲良くさせてもらっているのです。その室伏さんから以前、「定型の運動を繰り返すことは、単に筋肉をつけるには役に立つけれども、体を動かす指令を出す脳の訓練にはならない」と聞いたことがありました。

要は、安定的な状況だと脳が慣れてしまうらしいんですね。わざと不安定な状況を作って、脳を刺激した方が対応力が高まる。これは、ビジネスにも当てはまる理論かもしれません。

そんなわけで、5月から毎日欠かさず、猛暑の日も雨の日も、二日酔いの朝も、頑張って走っています。コースはいろいろですが、できるだけ坂があるところを選び、だいたい30分、距離にすると4kmくらいでしょうか。ポッドキャストでニュース解説を聞きながら、あるいはアメリカや日本のチームメンバーとオンラインで会議をしながら走ることもあります。よく知っているメンバーなので、こちらがハァハァ息が切れていても誰も気にしません。

デコボコ道を走ることでわざと不安定な状況を作って、脳を刺激する、と話す

■ギアを締め直すことが大事

では、果たしてその効果はいかに?ということですが、正直、体重は変わっていません。ただ妻いわく、「引き締まってきたんじゃないの」と。自分でもお尻や背中がスッキリしてきたと感じます。浮輪肉は残念ながら、あまり変わらずなんですが。でも体力はつきました。もともと若い頃から体力はあるほうでしたが、昔は新しかった体の部品もあちこちガタがきていますから、もう一度ギアを締め直すことが大事です。

走るのと並行して、逆立ちやブリッジもやっています。逆立ちはもともと得意でしたが、おなかのぜい肉のことを指摘され、単純に「重力に負けてるってことなんだから、逆さまになればいいじゃないか」と思ったんです。数を数えながら徐々に時間をのばして、いまは2分くらい。しんどくなるとどんどん早口になっちゃうので、100を超えてからは「ひゃくいち」「ひゃくに」とちゃんと「ひゃく」をつけて数え、10回に1回は負荷をかけるために腕を曲げ、160くらいまで数えられるようになりました。

運動といえば実は数年前に、合気道にチャレンジしたこともあります。室伏さんの「変化や不安定さが大事」という話に刺激を受け、決まった型がなく相手の動きに合わせて臨機応変に対応する合気道はぴったりだと思ったんです。でも、1カ月もたたずに辞めてしまいました。情けない理由ですが、帯の結び方がいい加減だったために、受け身を取った時に結び目が体に当たってすごく痛かったんです。私はもともと痛みや苦痛には強いタイプで、普通の人なら「ぎゃー」と悲鳴を上げるようなマッサージでも耐えられるのですが、この時はなぜか心が折れてしまいました。

でも、今回のランニングに関しては、長続きしそうな気がしています。特段、楽しいわけじゃないですが、無理せずにできる範囲で、淡々と。以前もお話ししましたが、私はビジネスというのは30年、40年かけてどれだけ遠くまで歩いていけるかという旅ゲームのようなものだととらえています。だから、転ばずけがをせず、毎日ほんの数歩でも前に進めるように、自分を鍛えていきたいと思っています。

松本大
1963年埼玉県生まれ。87年東大法卒、ソロモン・ブラザーズ・アジア証券を経てゴールドマン・サックス証券でゼネラル・パートナーに就任。99年マネックス設立。2004年マネックス・ビーンズ・ホールディングス(現マネックスグループ)社長、13年6月から会長兼社長。08年から13年まで東京証券取引所の社外取締役、現在は米マスターカードの社外取締役を務める。

(ライター 石臥薫子)