従来なら、超一等地の売り手は名前とともに物件情報が表に出ることを嫌い、内々で買い手を探して売却してきた。ところが、3億、5億円といったまとまった資金を用意できる買い手が不在となり、内々では売れず、売り物件として表に出るようになったとみられる。

■軽井沢のブランド力も低下

別荘はお金がかかる。古い建物がある場合、解体したり再利用したりする違いはあっても、敷地内を整備して調度品などをそろえると、別荘地の購入費の2倍はかかるといわれる。5億円で買えば10億円必要だ。

これだけの資金力のある買い手はいるのか。2000年のIT(情報技術)バブルのころ、新規株式公開(IPO)で莫大な利益を手にした創業者のなかには軽井沢に別荘地を購入したり、検討するケースは多かったという。最近のIPOは小粒になったうえ、「軽井沢のブランド力低下もあって創業者による別荘地の需要は以前に比べ激減している」(大手不動産会社の社長)のが現状だ。

以前から軽井沢で別荘を求める中心層は医師だ。「建物が築5年、古くても10年以内で、土地と合わせて7000万円程度、高くても1億円まで」(地元の不動産会社の店長)というニーズが多い状況では、3億〜5億円の物件は手が届かない。

■海外からの引き合いも少なく

地元の不動産会社に海外投資家からの引き合いについて水を向けると、「リーマン・ショックの後ほど目立たない。不良債権処理の一環で複数の物件をまとめて売るバルクセールの中に軽井沢の別荘地が入っていて取引される程度」と語る。

超一等地の物件は果たして売れるのか。どの不動産会社に聞いても「売り手は倒産したりお金に困ったりしているわけではないので、言い値を下げない。現状の値段では売れないだろう」と話す。

バブルのころは旧軽井沢近辺で坪当たり200万円台、旧軽井沢では同300万円台で取引が成立した物件もあるという。

その後の景気悪化に伴い軽井沢の別荘地の値段は一気に下落した。「値段の底は2004年ごろ。最高値の10分の1にあたる坪25万円程度で成約(取引が成立)した。当時は競売でも物件が落ちないこともあった」と地元の不動産会社の店長は振り返る。

超一等地が売りに出るのは、「さらなる地価上昇は見込めないという売り手の相場観を反映するため、不動産市況で価格がピークから下落に転じる転換点を示唆している」(外国証券の不動産アナリスト)といわれる。東京・銀座やその周辺の商業地では海外の不動産ファンドが大型商業ビルの売り時を探っているという話が聞こえてくる。軽井沢の別荘地も例外ではなく、潮目の変化を示している。

〔日経QUICKニュース(NQN) 齋藤敏之〕