生徒の自主性を重んじる学校の姿勢は受験のときも変わりません。当時、進路指導は特に受けなかったように思います。私から相談した記憶もなく、全部自分で考えて決めました。社会の暗記が苦手だったので、大学は理工系に進むことは最初に決めていました。でも実験とか工場などは似合わなさそうなので、物理や化学はタイプじゃないなと思っていました。そんな時に、好きだった数学など統計と関連した管理工学や経営工学という分野があると知ったんです。調べると、京大と早稲田と慶応に関連分野がありました。

京都で過ごした浪人時代、歴史小説にはまった。

京大を受験したんですが、国立は5科目入試で社会がどうしても苦手でした。地理を選択したのですが、受験では全然ダメでした。それで浪人することになるんですが、「もう一度京大を目指す」と上手に親を説得して、石川を離れて京都で下宿生活を送ることになりました。下宿では全部自分の時間なので、吉川英治や司馬遼太郎などの歴史小説にはまってしまいました。三国志の訳本を読んだりもしましたね。年号などの暗記は苦手でしたが、歴史のストーリーが大好きでしたから。結局、大学は一浪して早稲田の理工学部に進みました。

「京都で過ごした浪人時代は吉川英治などの歴史小説にはまった」と語る

高校の友人とは勉強関係の会話をした覚えがないんです。みんなそれぞれ勝手にやっていたんでしょう。だから、私も受験勉強のあせりは特にありませんでした。受験も「ダメだったらしようがないか」という思いで、現役の時は京都大しか受けなかったくらいですから。

私が特別変わった学生だったというより、学校自体が自主性を大事にしていたんだろう思います。この自分のことは自分で決めるという経験は就職後、特に管理職から経営者になると生きてきました。様々な経営課題と向き合う中、不確実な世の中なので正解はわからない。迷うけれども、迷いがあっても決断するということが、ずっと染みついています。それが培われたのは高校時代です。

経営の決断は「decision」ではなく「determination」だと考える。

経営者となって日本ユニシスのCEOサクセッションプランを英語で作成する際も、「決定」という表現にはこだわりました。普通は「decision」を使うんですが、私は「determination」という言葉を選びました。決めなければならないときは信念を持って決断するという意味を込めています。