学校だけではなく親も自由にさせてくれて、勉強しろとも言われたことは全くありません。たぶん、「大学なんか落ちて店を継いでくれれば」と思っていたんじゃないですかね。(笑)

父親は私が中学校時代に学校をサボったとき、学校から問い合わせの電話が入ると、本人に確認もせずに「途中まで行ったけどおなかが痛くなって帰った」「鼻血を出して帰った」などというんですよ。私はそのことを父親から聞いていなくて、翌日に学校に行って「実は頭痛がひどくて」というふうに先生に理由を話すと、父親の説明と辻つまが合わなくて困りました。でも、今振り返れば良い父親だったと思います。

育った美川町(現石川県白山市)は狭い町でみんな顔見知りでした。父親に顔が似ていたから、何かするとすぐ「平岡のあんちゃん」とばれるんです。いたずらっ子だったんですが、実家の店を手伝って集金にも回っていたんで顔を知られているという自覚もあったんで、なんとかまっとうに生きてこられたのかな。

みんな顔見知りだったんで、子供のころの買い物はキャッシュレスでした。お店に行って名前も名乗らず「おばちゃん、これもらってくね」という具合です。今は日本ユニシスではキャッシュレス関連の事業もやっていますが、この当時から顔認証を導入するなど時代を先取りしていますね(笑)。

今も故郷とは仕事を通じた縁がある。

美川町は海も川も山もあって、日本を代表する自然がコンパクトに詰め込まれています。白山の山脈も天気が良ければ見られる。今は美川の小舞子海岸の夕日がすごい人気らしいです。子どもの頃は夕焼けを毎日みていたんで、特に意識したことなんかないですが、当たり前のものが素晴らしかったんだとしみじみ思いますね。

会社としても地方創生で伝統産業などが経済的に成功するように応援しており、故郷の石川県でもやっていきたいという思いがあります。

例えば山中漆器。実は漆器としては日本一のシェアがあるんですが、地銀の北国銀行と一緒に漆器生産にクラウドサービスを導入しました。バラバラだった工程をつなげて生産性を上げたり、職人の方が苦手な事務処理を減らす仕組みなどをお届けしています。

今でも石川県にはよく帰りますよ。最近戻ったときには山中温泉につかって、山中漆器を買ってきました。仕事の贈り物を買う際には、地元の伝統工芸品である九谷焼や輪島塗などを選んでいます。最近も九谷焼の香炉をお客様に送りました。定番のコチョウランなどと違って、ずっと飾ってくれるのがうれしいですね。

(田中裕介)

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