著名人が両親から学んだことや思い出などを語る「それでも親子」。今回はミュージシャンの土屋礼央(れお)さんだ。

――お父さまは日本画家の土屋礼一さん。天皇陛下が大嘗祭(だいじょうさい)の参列者と酒食をともにされる大饗(だいきょう)の儀では、京都の風景を描いた屏風が披露されました。

「家族でお祝いの食事をしました。人生のピークかなと思って、『燃え尽き症候群はないのか?』と聞いたら、『あるわけないじゃないか。逆にもっと描きたい気持ちが高まった』と。父の向上心に、自分の小粒さを感じました」

「父に言わせると、日本画はいかに自然に溶け込むか。最近は『どんどん自分をなくしていきたい』と目標を語るんです。いつまでも追いつけない。止まってくれません」

――子どものころはどんなお父さまでしたか。

「僕が生まれた時はまったく収入がなかったらしいです。自動販売機のオレンジジュースは飲むと風邪を引くからと言われていたのもそういう理由だったんだと。かといって、うちは貧乏という自覚はありませんでした」

「キャッチボールの記憶はあるかないかという程度。家族旅行も楽しかったですが、後から聞くと全て父のスケッチのついでなんです。以前父と対談したとき、『俺はただ絵を描いていただけ。おまえは勝手に大きくなった』と」

――お母さまは絵本作家。アーティスト一家ですね。

「土屋家はちょっと特殊で、家族より作品なんです。『ごはんよー』と言って一緒に食べる発想がありません。料理は母が大鍋で作りますが、皆それぞれの部屋で作品を作っていて、休憩時間にリビングに来て食べる。僕は実家にいる時から作曲していましたし父は夜中に描くし、起きている時間も違っていました」

「父の日や母の日もありませんが、周りがやっているから気になって聞いたんです。プレゼントしたほうがいいのかなって。そしたら母は『いい曲1つ作ってくれるほうがうれしい』と」

――仕事で影響を受けていることはありますか。

「父は仕事のために描いていないんです。好きな絵を描いているだけで、たまたま仕事になっている。ありがたいと言っていましたけど、好きなものとどう向き合うかを追求しているんですよね」

「僕も音楽の世界に入り、音楽をお金で換算しちゃだめだと思いました。やりたくて作っている音楽が稼ぐためになると、自分の思いからずれるんじゃないかと。一人暮らしを始めた時、家賃には音楽で得た収入を充てない、音楽以外の仕事の収入を超えてはならないと決めていました」

――ほかの画家の作品と並んでいる展覧会でも、お父さまの絵は分かるそうですね。

「利き酒みたいな感じで分かります。一番いい絵がおやじの絵なんですよ。好みもありますけど、いい絵を描くんです。かっこいいんです」

(聞き手は生活情報部 井土聡子)

[日本経済新聞夕刊2020年1月7日付]