糖尿病患者の血糖データをクラウドによって患者と医師が共有し、質の高い医療に役立てる試みが動き出している。自己注射によるインスリンの投与量を変更するといった医師への相談を遠隔医療でも行いやすくなり、新型コロナ下で外出を控えている患者にとって強い味方になっている。

名古屋市天白区にある糖尿病と甲状腺疾患の専門クリニックである「糖尿病・内分泌内科クリニックTOSAKI」。2020年12月の昼間、院長の戸崎貴博さんが診察をしている間に、定期通院している女性の糖尿病患者のAさん(48歳)から電話で連絡が入っていた。

Aさんが電話をかけてきたのは、血糖値を下げるために自己注射しているインスリンの量を変えていいかどうか判断に迷ってのことだった。一般に血糖値が70(単位はデシリットルあたりミリグラム)未満だと低血糖のリスクがあるとされる。Aさんの場合70ギリギリの数値が続いていた。

Aさんは以前の診断で、血糖値が70を切りそうだったら、注射するインスリンの量を現在の9単位から減らしてもいいと言われていた。しかし血糖値が急に上がるのは怖いので、迷っているということだった。Aさんからは「データをクラウドに上げておきました」という伝言が残っていた。

戸崎院長はさっそくパソコンの画面に、Aさんの血糖値の推移を示すデータを呼び出して、Aさんと連絡を取った。血糖値の低下につながるような体調や食事量の変化がなく、運動量も特に変わっていないことを確認した上で「インスリンの量を9単位から8単位に減らしても急激に血糖値が上がることはないので心配いらないですよ」と伝えた。

このように医師が糖尿病患者にリモートでも的確な指導ができるのは、患者の血糖値の変動データを手元で参照できる仕組みが最近整ってきたためだ。

Aさんは、血糖値の変動データを常時測定できる装着型の医療機器を使っている。アボットジャパンが17年から供給している「フリースタイルリブレ」だ。細い針が付いた500円玉大のセンサーを上腕に貼り付ける。針が皮下組織の体液中の濃度を測り、血糖値を推定する。スマートフォンのような形をした無線読み取り装置で、データを読み出す。15分ごとの血糖値の推定データを記録する。

フリースタイルリブレの本体(右)と体に装着するパッチ型センサー

この機器が登場するまでは、自宅での血糖値のモニタリングが必要な糖尿病患者は指先などに針を刺して血液をとって血糖値を測る方法しかなかった。痛みを伴う上、1日に2〜4回程度のため、睡眠中の低血糖状態など細かい変動がわからなかった。

糖尿病患者は普段は自分で血糖値を測定しながら、インスリンを自己注射して血糖値を管理し、ひと月に1回くらいのペースで通院しているケースが多い。リブレのユーザーの場合もこれまでは定期的に通院して、病院のパソコンに入力して、医師がそれを見ながら診察していた。

昨年10月からデータをクラウドで共有できる「リブレビュー」が利用できるようになった。患者がフリースタイルリブレのデータを自宅のパソコンなどで表示し、同時に医師側でも見る。

戸崎院長は「患者の過去のデータがクラウドに保存されているため、データ比較も容易になり、患者への具体的な指導に役立っている」という。

クラウドは遠隔医療を進めるうえでも強い味方になる。「血糖の変動データを詳細に見られるので、電話やビデオ会議を使った遠隔医療に大きな問題なく切り替えることができる」(戸崎院長)という。

リブレビューを使っている同クリニックの通院患者は約70人で、折からのコロナ禍もあり、遠隔医療に切り替えた人が10人近くになった。多忙で来院できないときなどに遠隔診断を受けるケースも増えているという。

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■慶応大病院 リアルタイムで確認

慶応義塾大学病院の糖尿病・肥満症外来は2020年11月、血糖のクラウド管理システムを用いた遠隔診療を始めた。患者が在宅で測定してクラウドに上げた血圧や体重、血糖値やインスリン使用量などのデータを医師が遠隔で確認しながら、ビデオ通話による診察を進めている。

同年6月に産科外来で開始した遠隔妊婦検診システムに、患者自身が測定した血糖値やインスリンなどの使用量を記録する仕組みを搭載した。妊娠中に診断され血糖管理が必要になる妊娠糖尿病や、妊娠高血圧症の人も遠隔診療の対象とする。

同病院は、在宅測定データを医師がリアルタイムで確認することにより、治療効果を早期に確認したり、血糖コントロールの状況に合わせた診療方針作りなど細かい医療対応が可能になるとしている。

(編集委員 吉川和輝)

[日本経済新聞夕刊2021年1月20日付]