マラリアやデング熱などの最も有効な予防策は蚊に刺されないことですので、流行地へ渡航する際は、長袖のシャツに長ズボンなどを着用して、できるだけ肌の露出を少なくしてください。また、渡航前に効力の高い虫よけ剤(忌避剤)も用意しておきましょう。

虫よけ剤の主成分がディートなら30%、イカリジンなら15%のものを選びます。これら高濃度の製品はダニの一種のツツガムシにも効力があるので、ツツガムシなどを介して感染する「リケッチア感染症」対策としても有効です。ただ、ディート30%の製品は12歳未満には使用しないよう推奨されているので、お子さんがいる場合はイカリジン15%の製品を選ぶといいでしょう。

――蚊やダニが媒介する感染症は、発熱や発疹に注意が必要ですね。他に発熱に注意すべき感染症はありますか。

汚染された水や食べ物を通じて感染する「腸チフス」も高熱が出ます。腸チフスはその名前から下痢の症状をイメージされがちですが、下痢になるのは発症した人の半数程度で、便秘になる人もいます。ですから、基本的には発熱疾患であることを覚えておくといいでしょう。

また、発熱疾患で見落としがちなのが、インフルエンザです。特に、東南アジアなどの亜熱帯地域では、年間を通じてインフルエンザが発生しているので、冬以外の季節にも注意が必要です。また、日本は夏でも、オーストラリアなどの南半球の国ではインフルエンザの流行期であることも忘れないようにしましょう。

ウイルスが糞便中に排せつされ、人の手を介して水や食べ物を経て口に入ることで感染するA型肝炎の場合も、感染後2〜7週間の潜伏期の後、発熱が見られたりします。

■渡航後の下痢、発疹にも要注意

――腸チフスは下痢になる人は半数程度ということですが、海外渡航後に下痢があったときに疑われる感染症にはどんなものがありますか。

下痢のときに疑うべき主な病気は?写真はイメージ=(c)Antonio Guillem -123RF

最も多いのは細菌性の腸炎です。日本でも多く発生しているカンピロバクターは、東南アジアの屋台などでも発生する頻度が高くなっています。また、最近は少なくなっていますが、衛生環境が整っていないところではまだ、赤痢やコレラにも注意が必要です。

細菌性の腸炎の場合は短期的に下痢が起こりますが、帰国してからも下痢が長く続くときには、原虫が原因の感染症の可能性があります。代表的なものには「アメーバ赤痢」があります。

下痢が主な症状の感染症は、汚染された水や食べ物から感染することが多いので、衛生状態が悪いところでは特に、生ものは避けてしっかり加熱されたものを食べる、生水だけでなく、汚染された水が使われる可能性がある氷やサラダ、カットフルーツなどにも注意するといった対策を心がけてください。

――渡航後の発熱、下痢のほかに注意したい症状はありますか。

海外渡航に関連した感染症の代表的な症状は、発熱、下痢、発疹です。前述したデング熱やジカウイルス感染症などでも発疹が見られますが、発疹が表れる感染症で特に注意したいのが、空気感染する麻疹です。麻疹は日本では排除状態になっているものの、海外からの旅行者や帰国者から持ち込まれることがあります。

麻疹は感染から発症するまでの潜伏期間が10〜12日間程度あり、発症から5日間程度は発熱など風邪のような症状しか表れないカタル期があるため、気づかぬうちに感染を広めてしまう可能性があります。

麻疹の感染を防ぐ最も有効な対策は、ワクチンを接種して、麻疹に対する免疫をつけておくことです。MRワクチン(麻疹・風疹混合ワクチン)なら、風疹も同時に予防することができます(「はしか流行 感染を防ぐには予防接種が必須」参照)。

■渡航後の体調不良は感染症を専門とする医療機関へ

――渡航後に発熱、下痢、発疹といった症状が表れ、医療機関を受診する場合の注意点はありますか。

渡航後に体調不良が表れたときは、海外渡航における感染症の診療経験が豊富な医療機関に連絡をして、受診することをお勧めします。海外渡航関連の感染症の診断は実績がないと難しく、一般的な医療機関や渡航前のワクチン接種を中心としたトラベルクリニックでは、専門の検査や治療に対応できないことがあるためです。医療機関が見つからない場合は、お住まいの管轄区域の保健所に連絡をして、相談してもいいでしょう。いきなり受診してしまうと感染を拡大してしまうこともあるので、必ず事前に連絡をして、受け付けや受診の際の注意点を確認し、指示に従うようにしてください。

海外では、日本では発生しないような感染症にかかるリスクがあります。例えば、狂犬病は2006年にフィリピンへの渡航者が帰国後に発症し死亡した事例以来、日本での発生報告はありませんが、一部の国や地域を除いては今でも世界中で発生していて、WHO(世界保健機関)の推計によれば毎年5万5000人程度が命を落としています。狂犬病は発症すると、ほぼ100%死亡する恐ろしい感染症なのです。

今年2019年5月には、2月にフィリピンを訪れたノルウェー人女性が帰国後に狂犬病を発症し、死亡しました。この女性は道端にいた子犬を保護し、滞在先で世話をして遊んでいる最中に指をかまれていました。ノルウェーも日本と同様に、国内では狂犬病の発生はなくなっていて、この女性は渡航前に狂犬病の予防ワクチンを接種していなかったそうです。

海外渡航後の体調不良に気をつけることはもちろんですが、事前に渡航先の感染症情報を調べ、予防策を確認し、準備をしておくことも重要です。

(ライター 田村知子)

今村顕史さん
がん・感染症センター都立駒込病院感染症科部長。1992年浜松医科大学卒業。駒込病院で日々診療を続けながら、病院内だけでなく、東京都や国の感染症対策などにも従事。日本エイズ学会理事などの様々な要職を務め、感染症に関する社会的な啓発活動も積極的に行っている。自身のFacebookページ「あれどこ感染症」でも、その時々の流行感染症などの情報を公開中。都立駒込病院感染症科ホームページ(http://www.cick.jp/kansen/)。