東京都足立区議会で、自民党の白石正輝議員が少子化問題について「同性愛者ばかりになったら次世代が生まれない」と発言し「普通の結婚」の大切さを教えるべきだと強調した。

周知のように日本の「超」少子化は進行の一途をたどっている。2019年の人口動態統計によれば、出生数は過去最少の86万5千人で、合計特殊出生率は前年比0.06ポイント減の1.36となった。

ただこれは「日本社会の性の多様化」が進んだ結果とは言いがたい。同性パートナーシップを認める地方自治体は増えつつあるが、依然少数派。そもそも、人の性的指向性は制度に従って急に変更され得るものだろうか。

さらに、日本の旧来の「普通の結婚」規範は根強い。婚外子出生率は約2%で、多くは法律婚を経て一年程度で第1子を出産するなど、「法律婚・同居・出産」は三位一体。「普通の結婚の大切さ」は依然多くの人が意識しており、それゆえ現状との齟齬(そご)を来している点こそ問題視すべきだ。

北欧やフランスでは、婚外子出生率が半数かそれ以上を占める。女性の平均初婚年齢が平均出産年齢より高くなるなど「法律婚・同居・出産」のタイミングも多様だ。国民が柔軟にパートナーシップや出産を選択できる国ほど出生率は回復している。皮肉にも日本の一部保守系政治家が頑迷に保持する旧来の「普通の結婚」志向と、日本の少子化問題は同根とすらいえる。

性の問題は、次世代の再生産という意味でも、個人の人生に大きな意味を与えるという意味でも、生の問題に直結する。性の多様性は、人間の生と生活の多様性の問題でもある。

人の性的指向性と、生殖能力と、子供を産み育てたい意思は本来別問題だ。異性愛者で性自認が生物学的性と一致している人でも、旧来の規範的な家族形成や出産を願うとは限らず、ましてや強要されるべきではない。それゆえ、同性愛者を含むLGBTの問題は、多数派の異性愛者対性的少数者の二項対立で単純に捉えられるべきではない。

LGBTの権利を認めることは「一部の特殊な人たち」の「極端な主張」を認めることではなく、社会のすべての成員に家族やパートナーシップの多様性を認めることと地続きだ。それは、私たちの誰もが「自分なりの/かけがえのない普通の幸福」を目指す権利に他ならないのだから。

水無田気流
1970年生まれ。詩人。中原中也賞を受賞。「『居場所』のない男、『時間』がない女」(日本経済新聞出版社)を執筆し社会学者としても活躍。1児の母。

[日本経済新聞朝刊2020年10月19日付]