JR東日本でエキナカを仕掛けたことで知られ、カルビー役員を経て起業し、地域の活性化につながる事業を2019年にスタートしたONE・GLOCAL代表取締役の鎌田由美子さん結婚や出産で女性が職場から去っていったのは昔の話。ライフイベントも経ながら働き続けていくのが、令和の女性たちに多いワークスタイルだ。とはいえ、ロールモデルが身近にいなくて先行きが見通せなかったり、働き始めた頃とは違って「成長」を実感できなかったりで悩むことも。先輩女性たちはどんな体験をバネにキャリアを築いていったのだろうか。活躍する女性に、自身を今に導いた「あの頃」や迷いを脱する助けとなった「こんな言葉」を語ってもらう。

第1回は、駅構内の商業施設ecute(エキュート)など「エキナカ」の仕掛け人として知られる鎌田由美子さんにご登場いただく。

2021年3月、著書『「よそもの」が日本を変える』(日経BP)を出した鎌田さんは、現在はこだわりの素材を生かした飲料などのネット通販を手掛ける会社、ONE・GLOCAL(ワン・グローカル、東京・中央)の代表取締役を務める。平成が始まった1989年に大学を卒業し、エキナカを仕掛ける舞台ともなったJR東日本に入社。その後、カルビーの上級執行役員を経て、平成が終わりを迎えた2019年に「地域の1次産業を元気にすること」を目指し、いまの会社で事業をスタートした。だが、最初から起業を志していた訳ではなかった。

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働き始めた当初は「定年までこの会社にいるんだろう」くらいしか、(キャリア形成について)思っていませんでしたね。仕事のイメージを持っていた訳でもないし、その楽しさや大変さも分からない。何も目指していなかったです。「何歳で結婚して、何歳で子どもがほしくて……」くらいのところは、自分のなかできっちり描いていたところはありましたけど。

新卒でJR東日本を志望したのは3つの理由から。鉄道に興味はなかったが、駅には興味があった。

1つ目は、国鉄の分割民営化で87年に誕生したばかりで、「会社が生まれ変わったんだから何でもできるんだろう」と新しさを感じたこと。2つ目は女性にも寮があり「自分で生活できる」と思えたこと。当時、大卒女性の採用といえば自宅通勤を求める企業が大半でした。そんななか、茨城県出身で都内の大学に進学した自分のような地方出身者に対し、男女問わず門戸を広げてくれていた。それが3つ目の理由です。

鉄道に興味はなかった。だけど駅には興味がありました。大学の専攻が社会福祉で「ノーマライゼーション」という言葉が好きなんです。メンタルを含めて誰でも、どこかしら弱い部分を持っている。それがたまたま身体的なところだからといって、その人の行動が制限されてしまうようなことはない方がいい。車椅子の方であれ目の不自由な方であれ、彼ら自身が自分で何かできる環境が公共機関にはあってほしいと考えていました。その最たるものが駅だと思うんです。

先ほども申し上げたように茨城県出身なので、私にとっては子どもの頃から、東京イコール上野駅が玄関口でした。入社のとき、「たとえば上野駅で、もっとノーマライゼーションを進めて誰もが使いやすい駅をやってみたいです」と言ったような記憶はあります。その後、トンと忘れていたけれど、35歳になって、たまたま(後のエキナカにつながる)駅を変えろ、というミッションが下った際、「あぁ、入社のときも駅を変えたいと言ったかな」と思い出しました。

同時に、入社から10年以上たってもどこの駅も変わっていないな、と。相変わらず空調は効いてないし、トイレットペーパーはついたけれど、きれいじゃない。居心地はよくないし、バリアフリーじゃないし……。そんなことを改めて思いましたね。