ジェンダーへの配慮が十分でなく、インターネット上で広告が炎上する事例が繰り返されている。長年第一線で活躍してきたクリエーティブ人材は、どのような視点を持ち制作に携わっているのだろうか。求められる思考法や環境について聞いた。
■「女性だからこうでしょう、は押しつけ」
「一瞬も 一生も 美しく」。資生堂がコーポレートメッセージに据えていたこの言葉を生み出したのは、コピーライターの国井美果さん。多くの女性の印象に残る言葉だったが「性別も年齢も国籍も問わず、パブリックな言葉を目指した」と話す。

「美は生きる力そのもの。どんな人も等しく励ます普遍の価値だ」。企業やブランドの目指す方向性、生活者の女性が待望している表現などを考え、結果的に女性に「刺さる」道筋が見えてくるという。「女性だからこうでしょう?というステレオタイプな押しつけ」には懐疑的だ。
作家としても活躍するコピーライターの尾形真理子さんは「作り手の一方的な発信だけでは成立しない。受け取ってくれる人がいて初めて広告になる」と話す。例えば下着メーカーの広告で「自分の体を愛する」というメッセージを込めたい場合、「健康な人も病を得る人も年齢も問わず、不快感を与えるものであってはならない」。「自分が女性の制作者だから女性の気持ちが分かる、といった幻想やおごりは危険だ」とする。

ジェンダーを巡る広告炎上が絶えない中、尾形さんは公共の場に露出する広告において「誰かを不用意に嫌な気持ちにさせてしまうとすれば、その広告は効果を発揮したとはいえない」と指摘する。
訴求対象者に向けて制作するとはいえ、一部の人に強く印象に残れば成功とは限らない。広告制作で重要なことは「自分を疑うこと」だという。
■制作現場「活発に議論しやすい風通しの良さが大切」
制作現場ではどんなことを心がけているのか。大和ハウス工業のCMなどを手がけ、ディレクターとして監督業をこなす鈴木わかなさんは、制作陣を選ぶ立場でもある。かつては、長期間の出張や夜通しで行われる撮影も常だった。

近年は撮影時間の見直しも進み、年齢や家庭環境に限らず多くの人が制作に携わりやすくなってきているという。制作陣の顔ぶれやバックグラウンドも様々だ。
広告制作は多くの人が携わり、議論や見直しを重ねた末に世に送り出される。そんな広告が炎上するとすれば、組織に問題があるといえそうだ。「活発に議論しやすい風通しの良さが何よりも大切。互いに思いやりを持ちながら良いチームワークを発揮しないといけない」(鈴木さん)。
制作現場の多様性をどう保つかは業界の課題だ。30年前はどんなに優秀でも多くの女性社員が結婚や出産を機に退職していた。「20代の頃、子供がいる自分を想像した時、誰をロールモデルにすればいいのだろうと思った」(国井さん)。
2人の子育てをしながら活躍する国井さん自身はフリーランスの道を選んだ。尾形さんも鈴木さんも、クリエーティブの仕事を追求するために大手広告代理店グループからフリーの道を選んでいる。
フリーランスの活躍の場が多い業界であっても、優秀な人材の流出は企業にとって痛手だ。特に元々女性クリエーティブが少なかった広告関連企業では、職場の多様性を構築することが重要な課題となっている。