あらゆるビジネスで、特にリーダー的立場にある人にとってきわめて重要なものの一つに「意思決定」がある。また、たとえ部下として上司の指示に従うにしても、上司が何もかも指導してくれるわけではない。細かな一つひとつの方法は、自分で意思決定をして進めなければならない。

意思決定の質を高める、すなわち妥当性のある正確な判断をするのに必要な「科学的思考」の本質と、その身に付け方、応用のし方を詳しく解説するのが本書『科学的思考トレーニング』だ。著者の牧兼充氏は早稲田大学ビジネススクール准教授で、技術経営、アントレプレナーシップ、イノベーション、科学技術政策などを専門とする。

リスキリングにおいても、科学的思考を土台にすべきだろう。闇雲に知識を詰め込むのではなく、意思決定の場面を想定し、それに対応する知識やスキルを身に付けていった方が、はるかに効率的で質の高い「学び直し」になるはずだ。

■「逆の因果関係」に要注意

そもそも科学的思考とは何か。牧准教授の定義によれば「何が原因となって、どんな結果が生じるのか。その因果関係を推論する手法」だ。論理的思考(ロジカルシンキング)にも似ているが、より厳密に因果関係を検証するものといっていいだろう。牧准教授は、「論理的だが、科学的ではない思考」も行われがちで、それに依存した意思決定は質の低いものにならざるを得ないことを指摘する。

本書を読んで、特に「気をつけなければいけないな」と感じたのが、「逆の因果関係」で事実を捉えてしまう誤謬(ごびゅう)だ。例えば、以下のような事例。

・ファミリーレストランで客の行動を観察する。
A:太った人がダイエットコーラを飲んでいることが多い。
B:「ダイエットコーラは人を太らせる」と結論。

こうして文字にすると、ほとんどの人はすぐに誤りに気づくと思う。そう、「ダイエットコーラを飲む」ことが「太っている」ことの原因(A→B)ではない。逆だ。彼らは「太っている」から「ダイエットコーラを飲む」(B→A)のだ。前者の「A→B」も形式としては十分論理的だ。しかし、因果関係を厳密に検証していくと「B→A」が妥当だとわかる。この検証こそが科学的思考の主軸なのだ。

この事例は単純でわかりやすいが、慌てていたり、結論を急かされたりすると、この種の間違いを犯しやすいのではないか。また、「ニワトリと卵はどっちが先か」というように、因果関係の方向がわかりづらい事象もよくある。その場合はエビデンス(証拠)を集め、どちらが妥当かを検証していかなければならない。

■「失敗」にはmistakeとfailureの2種類がある

本書では、「失敗」の重要性がたびたび強調される。失敗には2種類があるという説明がわかりやすい。「mistake」と「failure」だ。前者は「事前に立てた計画通りにいかなかった」ことであり、後者は「仮説を立ててプロトタイプ(試作、試行)を検証した結果、仮説が棄却されること」を意味する。

mistakeが起きると、計画通りにいくように、方法を再確認して同じことをもう一度やり直すことになる。一方、failureの場合、仮説が棄却されたのだから、別の仮説を立てなければならない。つまり、失敗が「学習」になり、新たな可能性を開く。科学的思考とは、このように仮説とその検証を繰り返していくことでもあるのだ。失敗(failure)は避けるものではなく、むしろ欠かせないものといえる。

さらに、具体的な数字をもとに推論を行う「定量研究」の方が、事象を観察してその性質を見きわめる「定性研究」よりも、普遍的で正確と思いがちだが、科学的思考ではその両方が重要なのだという。定量研究だけでは、真の因果関係を見つけられないケースがあるからだ。

本書には「奨学金の返済可能性」を例にした解説がある。定量研究によれば「両親が離婚しておらず、経済的に豊かな家庭に育つと、将来の収入が多くなる」という相関関係が見いだされ、そのような学生は将来きちんと奨学金を返済してくれる確率が高い、という結論が導き出される。しかし、そうすると「両親が離婚して経済的に厳しい状況の学生は、返済可能性が低いので奨学金を受けられない」という本末転倒の判断がなされかねない。

この場合の真の因果関係は、恵まれた家庭環境が「人生というレースのスタート地点の有利さ」につながる、ということであり、それは定量研究では見つけることができない。そして、この因果関係に基づけば、家庭環境に恵まれていなくても、スタート地点の有利さをそろえるために奨学金貸与が妥当、というまっとうな判断ができる。

本書には「ランダム化比較実験」をはじめとする、科学的思考における具体的な手法も紹介されている。ぜひ身につけて、リスキリングに役立てていただきたい。

(情報工場 チーフ・エディター 吉川清史)

情報工場
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