【幻の260Z 2by2】

スポーツカーの世界と、その勢力図を大きく変えた革命児がフェアレディZだ。「Z」のネーミングから分かるように究極のフェアレディだった。群を抜く高性能に加え、ドライバーとパッセンジャーは快適に運転を楽しめる。公道の景色だけでなく、モータースポーツ界の景色までも変えてしまったのが、初代のS30フェアレディZだ。

 ロングノーズにショートデッキの美しいクローズドボディを身にまとい、スポーツムード満点のコクピットを採用したフェアレディZは、1969年10月にデビューしている。最初は2シーターモデルだけの設定だった。

 パワーユニットは日産の自信作、L20系の直列6気筒SOHCを主役の座に据えている。日本仕様のフェアレディZが積むのは、スカイライン2000GTなどに積まれているL20型直列6気筒SOHCとスカイライン2000GT‐Rから譲り受けたS20型直列6気筒DOHC4バルブユニットだ。

 日本のフェアレディZは2Lエンジンだが、海外向けのダットサン240Zは、そのネーミングからわかるように、2393ccのL24型直列6気筒SOHCエンジンを搭載した。L24型エンジンは素性がよく、信頼性も高かったため、モータースポーツの現場からも高く評価された名機だ。

 当然、海外での名声が聞こえてくると、日本でも240Zを望むファンの声が高まっていった。そこで1971年10月に240Zシリーズを発売に移している。L24型エンジンはレギュラーガソリンを用いて150ps/21.0kg‐mのスペックだ。240Zの頂点に立つのは、日本専用モデルとして開発された240ZGである。

 ロングノーズを一段と強調したエアロダイナノーズ(通称グランドノーズ/Gノーズ)を装着し、ヘッドランプカバーやリベット留めのオーバーフェンダーを装着し、個性を際立たせたのが240ZGだ。240ZLと240Zもあったが、240ZGの前には影が薄かった。ちなみにGノーズを装着して全長を180mm延ばし、空力性能をよくした240ZGは、最高速度が5km/hアップして210km/hとなっている。

 そして、1973年10月に開催された第20回東京モーターショーにはフェアレディZのニューフェイスが姿を現し、センセーションを巻き起こした。ホイールベースを延ばしてリアにシートスペースを設け、2+2レイアウトとした2by2モデルだ。

 日産ブースに参考出品されたの2by2モデルは、ダークパープルのボディカラーを身にまとい、L26型直列6気筒SOHCエンジンを搭載していたが、その当時、日産はボディサイズや動力性能などのスペックを公表していない。自動車専門誌の編集者やジャーナリストの多くは、ショーで実車をのぞきながら、大胆な推測と期待を込めて予想スペックを語っている。

 出品されたのは、好評を博した240ZGの後継と目される2by2だ。ヘッドランプを中心とするフロントエンドには、ボディ一体型のノーズピースをはめ込んでいる。もちろん、ヘッドランプはカバー付きだ。前後のウレタン製バンパーはメッキではなく、艶消しのブラック塗装とした。バンパー下に装着したウインカーランプはアンバーの色合いだ。バンパー上のパネル左側には誇らしげに「2/2」のエンブレムが付けられている。

 2by2はリアシートのスペースを確保するためにホイールベースを延ばした。また、リアのヘッドクリアランスを稼ぐためにルーフも延ばしている。当然、リアピラーとリアクオーターガラスのデザインが変わり、パネルとガラスの面積も増えた。リアクオーターガラスは開閉式だ。

 リアビューは、ショー前の9月にフェイスリフトを行った2シーターモデルに準じたデザインで登場した。バックアップランプを独立させてガーニッシュのなかに組み込み、ブレーキランプとウインカーランプを見やすくレイアウトしている。リアコンビネーションランプは、通称「ツーテール」と呼ばれるタイプだ。2シーターのフェアレディZとはリアガーニッシュのデザインが微妙に異なっている。

 240ZGと大きく違っていたのはフェンダーまわりのデザインである。240ZGは4輪にオーバーフェンダーをかぶせていた。だが、260Z 2by2のショーカーは付けていない。

 インテリアはセンタークラスターを中心にデザインを変えた後期タイプのインパネを組み込んでいる。3連の補助メーターは新しいデザインだ。その下のエアコンはルーバーを2分割タイプとし、インダッシュのエアコンをビルトイン可能にした。これは最大の輸出国だった北米から要望が多かったので採用されたものである。

 フロントシートはヘッドレスト一体型のハイバックシートだ。これにはリアシートの乗降性を向上させるためウオークイン機構が採用された。リアシートに座った人がドアを開けやすいように、ドア後方にオープナーを追加したのも2by2ならではである。

 エンジンはL24型直列6気筒SOHCのストロークを延ばしたL26型だ。230系のセドリック/グロリアに搭載されたものと基本的には同じエンジンである。83.0mmのボアをそのままに、ストロークを73.7mmから79.0mmへと延ばし、2565ccの排気量を得た。

 三栄書房のモーターファン12月臨時増刊、東京モーターショー20周年記念特集号では、ショーカーは電子制御燃料噴射装置のECGIを装着しているだろう、と推測している。

 フェアレディ260Zの2by2は、ショー会場で話題をさらい、正式発売が期待された。
 だが、東京モーターショー開催の直前に、中東から世界をゆるがすニュースが伝わってきている。第4次中東戦争が勃発し、原油価格の大幅な引き上げと供給削減が通告されたのだ。瞬く間に第1次オイルショックへと突入し、日本でもガソリン価格は跳ね上がり、店頭からはトイレットペーパーが一気に消え去った。

 日産はショー終了後に、フェアレディZの販売計画を大幅に軌道修正している。もっともショックだったのは、発売開始に向けてカウントダウンに入っていた260Zが、日本での販売を見送ったことだ。1974年1月、世界の先陣を切って日本仕様の2by2が発売された。だが、日本向けのフェアレディZは2Lモデルだけの設定だった。発売が期待された260Zは、海外市場だけに限定され、日本では買えなかった。

 フェアレディZの2by2は2シーターモデルのホイールベースを300mm延ばし、リアシートの居住スペースを確保した。ちなみに2by2は3代にわたって用意されているが、もっとも広く快適だったのは「GS30」だ。


 ダットサン260Zは、東京モーターショーの開催期間中の11月1日から発売されている。まず北米市場で発売を開始した。大きな5マイルバンパーを装備した2シーターモデルが送り込まれている。2+2を名乗る2by2を投入するのは1974年5月だ。
 SUツインキャブ仕様(162ps/21.0kg‐m)で、トランスミッションは4速MTと3速ATを設定した。

 ヨーロッパには1974年の初頭から260Zを送り込んだ。2+2を発売するのは5月である。5速MTが標準で、ファイナルレシオも北米仕様とは異なっていた。排ガス対策がゆるかったこともあり、吹け上がりは軽快だ。260Zは1975年春に電子制御燃料噴射装置で武装したダットサン280Zにバトンを渡している。時代に翻弄された悲運のスポーツカーが260Zだった。


日本仕様のフェアレディ260Zに張られる予定だったエンブレムなど【写真6枚】