TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL 2015 振り返り

2015年もモータースポーツのオフシーズン突入と同時にメーカーによるファン感謝デーが開催された。注目は20年近い休止期間を経てWRC活動への復帰を表明したトヨタの動向だったが、果たして、日本メーカー初のWRCチャンピオンメーカーは、やはりTGRF(トヨタ・ガズー・レーシング・フェスティバル)でファンに向けたGOサインを送っていた。

【TGRF2015で見たWRC王者の歴史 Vol.1】

 2015年、トヨタは2000年以来休止していたWRC(世界ラリー選手権)活動の再開を表明。今のところ2017年の参戦が予定され、活動母体をトヨタ・ガズー・レーシング(代表=トミー・マキネン)とすることが発表されている。

 現在、トヨタによる世界選手権規模のモータースポーツ活動は、TMG(トヨタ・モータースポーツGmbh)によるHVプロトでのル・マン/WEC(世界耐久選手権)がよく知られているが、WRCはこれに並ぶ世界最高位のシリーズとして、技術を標榜するメーカーが覇を競うカテゴリーだ。

 振り返れば、トヨタのWRC活動は70年代にオベ・アンダーソンがトヨタ車(27レビン/40セリカ)による参戦活動を始めたことが発端となり、その後組織をTTE(トヨタ・チーム・ヨーロッパ、現TMG)と本格化させ、スポット参戦からレギュラー参戦へと、少しずつ規模を拡大しながら活動の歩を進めてきた。
 国際ラリーに強い日本メーカーといえば、60年代から70年代前半にかけ、サファリやサザンクロスで活躍した日産、三菱という印象も強いが、最初にWRCのレギュラー参戦を果たし、日本メーカー初のWRCタイトルホルダーとなったのはトヨタである。


>>【画像32枚】2015年のメーカーによるファン感謝デーのようす、歴代WRC参戦車両など

それでも印象が薄いのは、トヨタ自身がラリー活動を積極的にPRしなかったこと、活動開始の時期が日産、三菱の後追いとなっていたためだろう。
 しかし、実績は文句なし。1990/1992年にカルロス・サインツがドライバータイトル、1993年はユハ・カンクネン、1994年はディディエ・オリオールがドライバーとメイクスの両タイトルをもたらす黄金時代を構築。90年代前半のWRCはトヨタの時代だった。

 WRCへの復帰を表明したトヨタだが、TGRFのようにモータースポーツとファンを結びつけるイベントは、改めて過去の実績をファンに示すには絶好の機会で効果は大きい。

 そしてこうした思惑どおり、トヨタは過去に活躍した一連の車両を見せてくれた。グループB時代にサファリで成功したTA64セリカ(セリカGT‐TS)を手始めに、グループA時代にWRCチャンピオンカーとなったセリカGT‐FOUR(ST165/ST185/ST205)、WRカー時代のカローラWRCだ。これらの車両をパドック内の一等地に設けた仮設パビリオンの中に置き、2017年の復帰時に使われるヤリス(日本名ヴィッツ)のプロトモデルを並べて見せた。

 それにしても、80年代から90年代にかけてトヨタラリー活動の全盛期を担った車両は、どれも多少のコスト増には目をつぶり性能を追いかけたモデルばかりで、いま見てもワクワクさせられる。とくに公認目的のベースモデルは、競技性能にその目標を絞り込んでいるだけに、込められた魅力がダイレクトに伝わってくる。
 現代のWRCは、市販モデルではない競技専用設計の車両で戦われるため、量産車に競技を前提とした性能やメカニズムが盛り込まれることはない。クルマ好きにとって、こうしたことは少し残念に感じてしまう。

 ヤリスのプロトタイプを置き、歴代WRC車両を並べ、トミー・マキネンまで招聘。トヨタがWRC活動を再開するにあたっての強い意気込みが伝わるTGRFだった。


>> 2017年のトヨタWRC復帰はヤリス(ヴィッツ)WRCで。展示モデルは以前TMGが製作した提案車両。今回のプロジェクトはトミー・マキネン・レーシングが開発・製作を行う見通しで、現在WEC活動中のTMGは関与しないとのこと。


>>三菱のスーパースターからドライバー最終年はスバルへ、そしてトヨタのWRC活動を担うことになったトミー・マキネン。今度はディレクターとしての才能が問われることになる。


【2】に続く